161201_05
氷川神社』は、さいたま市の「武蔵一宮・大宮氷川神社」を総本社とする神社で、埼玉・東京・神奈川で約200社以上もあるとされています。景行天皇の代に出雲からの氏族が『須佐之男命/スサノウノミコト』を祀ったことが始まりとされ、出雲からの氏族が土着氏族を駆逐して築いたのが「武蔵野国」で、社名の「氷川」は出雲地方の「簸川/ヒカワ」に由来するとの説などは興味深いものがあります。埼玉県南や東京都の荒川流域に氷川神社は多数ありますが、珍しいことには北千住駅を起点とした徒歩10分圏内には4社もの氷川神社があり、総本社の大宮近辺以上の数なのですが・・。今回の氷川神社は季節がらもあるのでしょうが、落ち葉落ち放題と掃除されている気配がありません。何とはなしに古くからあるだけで、地域で大切にされている感に乏しいようです(苦笑)。そんなことは『陽だまりの猫には関心のないことです。
161201_01
【千住本氷川神社】・・北千住駅からは一番近い氷川さんです。珍しいことに社殿が二つありPt↑)は旧社殿の方です。徳治2年(1307)の創建とされ千住が宿場町として栄え始めた江戸時代の初期に現在地に移っています。昭和45年には新社殿が造られPtの旧社殿が末社として残されています。こちらのほうが龍や鳥類のなどの彫刻が施されるなど凝った造りで、経年変化の妙(?)で趣きのある社殿となっています。
161201_02
【四町目氷川神社】・・単に氷川神社となっているので便宜的に「四丁目氷川神社」の呼称なのでしょう。眼病に霊験のある「めやみ地蔵尊」で知られる長円寺のお隣です。明治の神仏分離までは長円寺が別当時の関係だったようです。とりたててどうのといった氷川さんではありません(苦笑)。大宮や川越の氷川さんは例外的で、多くの氷川さんは、こんな感じで地元の鎮守さんといった体です。
161201_03
【大川町氷川神社】・・北千住駅から15分程度歩きます。創建は永仁年間(1293ごろ)で、現社殿は鉄筋コンクリート造りで拝殿・幣殿・本殿の権現造りの構造となっています。この近辺は昔から「紙漉き」が盛んだったようで、境内には天保年間に幕府に紙を献上した記念碑が残っています。社殿横には江戸後期に造られてた足立区の文化財に登録の「富士塚」がありますが、もともと紙漉きの碑と富士塚は荒川放水路流域にあり、ここへ移されてきたものです。Ptでは判りにくいのですが”ギンナン”が落ち放題です。
161201_04
【仲町氷川神社】・・千寿七福神の1つ「弁財天」が境内社として祀られています。延喜年間(901頃)に離れた地に創建されし、元和2年(1616年)に現在地へと移ってきています。ついでながら『千住七福神めぐり』は千住氷川神社(大黒天)・大川町氷川神社(布袋)・元宿神社(寿老人)・千住神社(恵比寿)・八幡神社(毘沙門天)・川原町稲荷神社(福禄寿)・仲町氷川神社(弁財天)となっています。