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『江戸東京たてもの園』では明治・大正・昭和の建物が10数軒並ぶ東ゾーンがお気に入りです。港区白金の『小寺醤油店』は昭和8年、江戸川区南小岩の和傘問屋の『川野商店』が大正15年、江戸末期とされる『万徳旅館』と青梅からです。昭和初期の神田神保町の荒物屋『丸二聖天』の外壁に銅板を貼った通称看板建築は今でも築地明石町には残っていますが・・。Pt↑)は昭和4年の建築で足立区千住元町からの『子宝湯』です。千住辺りには今でも銭湯が多く営業しているのですが、これぞ「銭湯」という姿です。
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何処なのかが特定できない「漁村の風景」とお決まりの「富士山」、これぞ銭湯の正しい風景画です。男湯と女湯の境のタイル壁には男湯側が「京都五条大橋」と「那須の与一」、女湯側には「猿蟹合戦」と「舌切り雀」。脱衣場(男湯側)には乱れ駕籠が並び、仕切り壁の広告もローカル感に溢れています。そして憧れの番台は意外と低いようです。そういえば浴室の仕切り壁も低いので、これなら絶対に覗けます(笑)
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