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前日の夕刻にはゲリラ的豪雨に遭遇、髙松到着が遅くなってしまいました。「早速ウドン・・。」と街に出たのですが、地方都市でありがちなアクシデントに見舞われました。地方は夜が早い(!)。20:00ともなれば商店・食事処は殆ど閉店しており居酒屋系の提灯ばかりです。繁華街とおぼしきアーケード街を歩いていると若い人達が所在なさげにウロウロとしているのに遭遇します。この若者達は殆どが韓国・中国(台湾)なんですねぇ。最寄りの高松空港は韓国・中国・台湾からの直行便が多く、四国・髙松の街はこんな状態になっています(苦笑)。
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Pt↑)は「高松市立玉藻公園・史跡髙松城址」です。なんと夏時間なら早朝5:30から開園しています。髙松城は別名:玉藻城と称し万葉集で柿本人麻呂が讃岐の國の枕詞を「玉藻よし」と詠んだことに因んでいます。1587年に讃岐の國の領主となった生駒親正によって築かれ、現在の遺構は徳川光圀(水戸黄門)の兄で松平頼重のものです。重要文化財の艮櫓(うしとらやぐら)と本丸と二の丸をつなぐ鞘橋(さやばし)が有名です。
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団体貸切夜行列車で東京を出発、宇高連絡船で早朝の髙松駅に到着したのが入社初の添乗員(サブ)の仕事でした。宇高連絡船は廃止となり髙松駅も様変りしました。感慨にふける要素はなに一つ見あたりません。
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