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忠臣蔵・赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件はあまりにも有名ですが、遡る事29年前に「あれぇ~」と思う事件が、現在の新宿区市谷砂土原町の「浄瑠璃坂」で起こっています。発端は宇都宮藩・前藩主の法要で起こった口論なのですが、話が長くなるので割愛します。寛文12年2月3日(1672)に恨みを果たすべく42名の浪人が敵が身を寄せる武家に討ち入った事件で、生憎と敵は不在でしたが引き上げる途中の牛込御門(飯田橋駅付近)で更なる乱闘となり、結果討ちとっています。吉良邸事件と異なるのは、討ち入った当事者達は死罪を免れて伊豆大島へ流罪、赦免後は井伊家に再就職となったいます。情報通の大石内蔵助がこの前例を知らないはずはなく、吉良邸事件の作戦計画では大いに活用したと思われます。メンバー選定では『大丈夫!浄瑠璃坂の前例があるから切腹はないよ』と気乗りしない仲間を巻き添えにしたのかも知れません。
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東京メトロ市ヶ谷駅5or6番から地上へ出ます。少しクランク気味ですが「浄瑠璃坂」の坂下です。坂の説明には事件の記述はありません。この急な坂道を登りきった辺りが討ち入りの現場なのですが、それらしきモノはなに一つありません。新宿区の指定史跡の解説板にしても平成28年12月に設置されたものです。