180202_01
中島飛行機製の「陸軍九七式戦闘機」です。汚れ具合といい重量感といい良くできたレプリカです。もともとはテレ朝系で放送された「妻と飛んだ特攻兵」の撮影に使用された機体です。ドラマ自体は見ていませんが、九七戦で特攻とは大戦末期のお話でしょう。九七戦は福岡県筑前町の「大刀洗平和記念館」に日本で唯一の実機が展示されています。所沢は陸軍系の飛行場なので九七戦は不自然ではありませんが、撮影用のレプリカは不要でしょう。知覧では撮影使用された隼三型は屋外での展示でした。
180202_02
所沢で陸軍飛行学校設立され、フランスからの教育団の教材としてフランスから輸入、後には日本でライセンス生産された「ニューポール81E2」、Ptはその復元機です。この機体の脇には埼玉県出身の操縦士がランスから個人輸入し大正15年に比企郡都幾川村で破損し村の寺に70年間保存されていた残骸で、ここからこの機体が復元されています。第一次大戦中の複葉機は実に美しい姿をしています。
180202_03
ガラスケースに収められた残骸にしか見えない機体は、この記念館で最も重要な「九一式戦闘機」です。昭和6年(1931)に陸軍に正式採用された戦闘機で日本初の独自設計により中島飛行機により制作された機体で、現存する日本唯一の機体です。三菱による零戦は昭和15年(1940)。中島飛行機による一式戦(隼)の正式採用は昭和16年(1941)なので、九一戦から僅か10年で名立たる傑作機を製造したことになります。
180202_05
ワザとなのか旧陸軍の航空機模型の名称が見事に間違っています。マニアなら極々常識的なモノですが、どこぞの模型飛行機同好会からの寄贈ですが確認しなかったのでしょうねぇ?恥ずかしい限りです(笑)。この模型は三式戦(飛燕)の水冷エンジンの製造が間に合わなかったため、苦肉の策で空冷エンジンを載せたら好成績で「五式戦」として採用された機体です。四式戦(疾風)の実機は鹿児島・知覧にあります。
180202_04
どう見たってポンコツの粗大ごみばかりです。まぁ所沢は知覧の特攻平和記念館や大刀洗平和記念館と違い『特攻/平和』をウリにはできないのでしょうが、それにしてもお粗末な内容です。「ニューポール81E2」や「陸軍・九一式戦闘機」の方が余程貴重な機体なのですが・・。
180202_06180202_08180202_07