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「氷川」の名を持つ神社は全国に約260社あるそうです。約160社が埼玉県内に氷川神社からの分社約220社のほとんどが埼玉・東京・神奈川にありながら、全国展開でないのが特徴です。JR武蔵野線東浦和駅からバスで10分ほど。さらに徒歩で10分程に『氷川女體神社』があります。この辺りは大宮からの川口にかけての広大な見沼田圃の縁にあたり、神社は舌状に大地の縁に鎮座しています。年々住宅地に変わってゆきますが、まだ広大な「見沼田圃」の雰囲気は色濃く残っています。
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『女體神社』のご祀神は稲田姫命(いなだひめのみこと)で、須佐之男命(すさのおのみこと)がヤマタノオロチ退治の際に助けて妃にした姫(嫁)です。社額には「武蔵野國一宮・氷川女體神社」とあり、こちらの神社が「女體社」で須佐之男命を祀る大宮氷川神社が「男体社」とされ、さらには須佐之男命と稲田姫命の子供である大己貴命が女體社と男体社の中間の見沼区中川の中山神社(祭神:大己貴命・王子社)に祀られています。この三社は大宮からの舌状大地の突端に一直線上に三社が配されたいます。三社を総称して『武蔵野國一宮・氷川神社』となるようで、とても偶然がの結果とは思えません。
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氷川女體神社の創建は崇神天皇の時代と伝えられ中世以来武門の崇敬を集め、現在の社殿は、寛文7年徳川幕府4代将軍家綱が忍城主阿部忠秋に命じて建立したものです。本殿は三間社流れ造りで全面に朱の漆が塗らていたとされ、形式的には権現造りに近い建造物となっています。
神社石段の反対側には江戸時代末期まで行われていた竜神を祀る御船祭が行われていた「磐船祭祭祀遺跡」の遺跡がありますが、草木が立ちこめ、水の流れは濁り、澱み放題で管理の悪い遺跡となり果てています。神域はそれなりに管理がされているだけにさいたま市の文化財管理には呆れてしまいます。
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