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神田明神の境内社も4回目です。「古社は裏手が面白い!」と云え、さすが江戸総鎮守社です(苦笑)。Pt↑)は「末廣稲荷神社」、社殿は昭和41年(1966)の再建です。創建は不詳とされるもののかなりの古社のようです。出雲社と同様に以前はは江戸のどちらかの街稲荷だったのでしょうか(?)鳥居は明神鳥居、狐います、社殿は伊勢形式となっています。
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隣には「三宿稲荷神社」と「金毘羅神社」が合祀されています。三宿稲荷神社は江戸時代から神田三河町に祀られていたようで、後に神田明神の神主邸内の内山稲荷と合祀され、さらに神田明神の末社となっています。金毘羅神社は天明3年(1783)に現東日本橋2丁目辺りに創建、墨田川の船人の崇拝を集め、後には飲食業や花街の人々へひろまってていたようです。昭和41年に三宿稲荷ともにこの地へ鎮座しています。鳥居は神明鳥居、社殿は伊勢形式、狐いません。
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さらにもう一社が「浦安稲荷神社」です。家康入府の天明年間に鎌倉町(大手町あたり?)に勧請され、寛政年間に崇拝者により社殿が造られ「浦安稲荷神社」となったようです。天保年間に神田明神境内に遷座し、明治維新などの戦火で失われた内神田の5社の稲荷神社を合祀っています。鳥居は明神鳥居、狐います、社殿は伏見形式です。