180816_01
浅草から隅田川の東岸、浅草墨田公園(水戸徳川家下屋敷跡)にある『牛島神社』です。神社縁起によると慈覚大師が貞観2年(860)に勧請した「須佐之男命」、後に「天之穂日命」が、次いでこの地所縁の清和天皇第七皇子「貞辰親王命」の3柱が祀られています。Pt↑)は牛島神社の大きな特徴でもある本殿前の鳥居です。これは三輪鳥居(みわとりい)と呼ばれる鳥居が3ッ組合わされた珍しい形状の鳥居で神域には他にも鳥居がありますが本殿前だけが三輪鳥居となっています。この形式の鳥居は埼玉県秩父の三峰神社と奈良県の大神(おおみわ)神社(神域の三輪山にあり撮影不可でした)で見た記憶があるだけです。
180816_02
葛飾北斎の絵では江戸期の牛島神社は三囲神社の隣にあったようです。大正12年(1923)の関東大震災では本所地区は壊滅的な被害を被り、その復興事業の一環として「墨田公園」へ遷座、昭和7年(1932)に総檜権現造りの社殿が完成しています。神社は東京大空襲の被害も免れ、現在は東京スカイツリーの氏神様となっています。
180816_06
浦和の調神社の神使は「うさぎ」でしたが、牛島神社の神使は「うし」です。この地は飛鳥時代は牛の牧場だったとの伝承やご祀神の「須佐之男命」が仏教集合では「牛頭天王」であったり、他にも牛関連の伝承があることから神使が「うし」なのでしょう。さらには「天満宮」で知られる病気快癒の「撫で牛」まで置かれています。他にも「牛の慰霊碑」などの「牛」もあり、牛だらけといった感じです。それにしてもこの神使は目つきがよろしくありません。
180816_03180816_04180816_05