180912_20
下関市長府惣社町の『長府毛利邸』です。この建物は長府毛利家14代長府藩最後の藩主・毛利元敏公の邸宅として明治36年(1903)に完成しています。明治天皇の行幸の折の宿舎ともなっていて「明治天皇御宿泊の間」として残されています。この「毛利家」ってのは支藩が多く勘違い思い違いをすることが多く気をつけねばなりません。毛利邸入口から母屋まで続く道はいかにも上級武家の住まいといった感じで萩城下で見られる下級武士のボロ住まい地区とは雲泥の差です(笑)。観光施設と解放されいるのですが、建物の配置や庭の眺めは千葉県松戸の徳川家の「戸定邸」と正面外観は埼玉県川越の「本丸御殿」と良く似かよっています。屋敷の前に立った時「既視感」を感じたのはそのせいでしょう。因みに銅像は毛利元就公の四男・元清公の次男の毛利秀元公です。関ヶ原や大阪夏の陣で有名な殿様です。
180912_21_180912_22180912_23