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壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇の遺体は壇ノ浦戦場では発見できなかったのですが、この地に建久2年(1191)勅命により承久元年(859)開かれた阿弥陀仏寺名内に御影堂が建立され、安徳天皇生母である建礼門院ゆかりの尼が菩提を弔ってきました。明治の神仏分離により阿弥陀寺は「天皇社」神社に改称、明治22年(1889)にこの地が天皇陵と認定され「赤間宮」に改称、昭和15年(1940)には官幣大社の「赤間神宮」へと昇格してきました。
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竜宮を模した「水天門」は、二位の尼による「今ぞ知る みもすの川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは」にちなんで太平洋戦争で焼失した赤間神宮を再建する際に竜宮城を模した造営となったようです。名称の「水天門」は壇ノ浦の戦いを生きのびた伊勢局が安徳天皇・二位尼・建礼門院の菩提を弔うために建立した久留米の「水天宮」のよるようです。
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