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赤間神宮 の3回目です。今回は隣も隣の下関と云えばのフグ料理の『割烹旅館春帆楼』です。元々は阿弥陀寺の方丈の場所なので赤間神宮の敷地内という感じです。伊藤博文により命名された『春帆楼』は「ふぐ料理公許1号店」で高級ふぐ料理店の代名詞です。春帆楼は明治28年(1895)4月、日本と清国との日清戦争での「日清講和条約」の締結の会場としても有名で、敷地内の重要文化財の日清講和記念館には当時の資料が展示されています。Pt↑)の胸像は日本側の内閣総理大臣の伊藤博文と外務大臣の陸奥宗光です。伊藤博文はタナぼたで天下を拾った後は出身が貧しい農家であることを揶揄されるのが嫌で殆ど長州には帰っていませんが、この時ばかりはの晴れ姿だったのでしょう。
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