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調べていくと、お隣の府中市にも天下春命(あめのうわはるのみこと)・瀬織津比咩命(せつおりひめのみこと)の2柱を祀神とする『小野神社』があり『武蔵一之宮』を掲げているようです。この2社は多摩川の氾濫の度に遷座を繰り返した結果2社に分かれたのでしょう。つまり『武蔵一之宮』は大宮氷川神社・多摩小野神社・府中小野神社(さらには氷川女體神社との説もあり)があることになるのですが、東京・埼玉・神奈川に約200社ある氷川神社の総本社『大宮氷川神社』と比べる小野神社系はどうしても分が悪くなります。
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因みに『大宮氷川神社』のご祀神は須佐之男命・奇稲田姫命・大己貴命の3柱で、神社の社格としても延喜式での式内社、勅祭社。旧社格は官幣大社で現別表神社。宮中四方拝の一社。初詣の参拝者も埼玉県1位、全国でも10位以内の約210万人と圧倒的に異なります。神社に優劣をつけるのは意味のないことで長い年月を地域の人に崇敬され、今でもその地に鎮座しているのはそれだけで価値のあることです。
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拝殿・本殿の造り拝殿と本殿が離れている古い神社形式です。時代が下ると建物を繋ぐ幣殿が造られ「権現造り」となっていくので、それ以前の神社形式です。小野神社HPには明治10年代の神社の絵が掲載されていますが、やはり天津神の神社にしては朱色の派手な社となっています。朱色は稲荷神社のそれとも異なるようですが、勢いで塗ってしまったのとは違うようです。同HPには大正15年に失火により全焼し、昭和2年に本殿、拝殿が再建された旨の記載がありした。
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