181216_01
国道17号・本郷通りと国道254号・春日通りの交差するのが「本郷3丁目交差点」、メトロ丸の内線と都営大江戸線が通っています。(もっとも両本郷三丁目駅は離れており若干不便ですが)ず~と以前には春日通りを池袋からの都電が走っており上野広小路で乗り換えて浅草に行ったものでした。あまり意識したことはなかったのですが、この交差点から100m範囲には結構面白い場所があります。
181216_06
【本郷もかねやすまでは江戸の内】。江戸川柳にもある「かねやす」は享保年間(1716頃)から””乳香散”という歯磨き粉を売る店がありました。享保15年(1730)の江戸大火では付近一帯が焼失、奉行・大岡越前守の命により「かねやす」を境に南側の家屋には土蔵造りや瓦屋根を奨励し北側は従来の板や茅ぶきの造りとしています。つまり「土蔵造りのかねやす」までが江戸の北限という認識となり前述の川柳が生まれています。
181216_02
本郷3丁目交差点を後楽園方面に進むと【本郷・櫻木神社】があります。通称は櫻木明神とも呼ばれ、室町時代にあの神社創建好きの”太田道灌”が道灌江戸城に京都北野天満宮から勧請、江戸時代の遷座の後こちらへ来たようです。東京大学が近いこともあり(ついでながら某漫画のモデルなんだそうです)東大受験生には人気があるようです。元来の天神信仰は雷神(天神)の信仰のことであり、天神=菅原道真ではなかったのですがいつのまにやら(苦笑)。
181216_03
今でこそ地方からの修学旅行の宿泊はホテル(洋室)が一般的ですが、以前はこのあたりの本郷地区が宿(和室)として知られていました。東京には和室旅館が年々少なくなってきましが、”そういえば修学旅行の宿は本郷だった”と思いあたる人もいるでしょう。春日通りから一本奥まった場所の「ホテル機山館」も有名旅館で、その玄関前が【本郷薬師】です。この薬師さんは元々この地にあった真光寺の敷地内にあったようです。
181216_04
薬師堂を櫻木神社に向かって30m、右折して30mにいきなりのように【十一面観世音菩薩像】があります。あたりの雰囲気には即してないのですが、思いの外感じのよい観音像です。こちらも天台宗真光寺の敷地内だったようです。真光寺は東京空襲で焼失、世田谷に移転しているのですが、なぜ観音像をここに残していったのか不思議な気がします。
181216_05
交差点から本郷通を100m程【別れの橋跡・見返り坂と見送り坂】の碑が立っています。この辺りが太田道灌時代の領地の際だったようで、江戸追放の刑を受けたされた罪人が、当時存在した橋を境に親類縁者が見送ったから見送り坂。追放された者が振り返るから見返り坂とありますが、なんだか疑わしい話でガセ伝承の気がします。