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平成23年11月に始めたブログも令和へと時が流れました。様々な名所旧跡や寺社仏閣を訪れてきましたが、今となると勉強不足の記事も多々みられます。そこで【令和シリーズ】として、以前の記事項のうちその後見聞きした説があれば追加修正して行きたいと思います。「令和」の第1回目は文京区春日の「牛天神・北野神社」です。1184年頃に東国追討に赴いた源頼朝の夢に「菅原道真」の姿が現れたという伝承から神社は創建されたとあります。社殿前の牛に似た岩石が「撫で牛」の始まりとも言われそれはそれで興味深いのですが、お隣の「太田神社/高木神社」とくに太田神社には貧乏神(疫病神)が祀られていたという珍しい神社なのです。
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江戸時代、貧しい旗本家に取りついた貧乏神を主が祀ることにより貧を逃れられ、その祠を牛天神に移したところ人々に貧乏脱却信仰が広まったあります。この貧乏神は「黒暗天石祠=黒暗天」という神で、吉祥天の妹ですが美人の誉れ高い姉と違って残念な容姿の閻魔大王の3人の奥方の1人なのです。明と暗、陰と陽など物事の裏表をなす神様姉妹でエンジェルとルシファーと同様のようです。明治以前は太田神社の主祀神として祀られていたのですが流石に貧乏神を祀るのはまずかろうで祀神が伝説のストリッパー「天宇受賣命/アメノウズメノミコト」と旦那の「猿田彦命」と変り芸能関連の神として信仰を集めます。日本の神社ではご祀神が事情により入れ替わるのは珍しいことではないのですが、この入れ替わりは良く判らないものがあります。はたしてご祀神(元)の貧乏神信仰は令和の時代に引き継がれてるのでしょうか。令和シリーズではこんな話も探していきたいと考えています。
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