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昔柳森神社の近くには不忍の池に匹敵する広さの「お玉が池」がありました。池の埋め立てがすすみ柳原土手への立退きを余儀なくされた狸親子が自分らを祀ってくれるなら親は「福」を,子は「寿」を授けるとの申出により、太田道灌が江戸の鬼門除けとして伏見稲荷から勧請した柳森神社に合祀されることになりました。Pt↑)が柳森神社(稲荷社)の境内社の福寿神の社殿です。賽銭箱と社殿下方には一対の狸の像があります。解説板には桂昌院に纏わるがかかれ、旧お玉が池の狸親子の話はありません。Pt↓)は2012年末頃に授けられた狸親子の縁起物です。柳森神社社務所ではなく近所のお扱い店で手に入れたのですが、現在はその家もなくなっていて親子狸像自体も滅びているのかも知れません。
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狸にまつわるもう一つの話として有名なのが徳川5代将軍綱吉の生母桂昌院の話で、京都の八百屋の娘から将軍の生母迄出世(他を抜く)した桂昌院にあやかろうと大奥内で厚く信仰されていました。大奥で祀られていた福寿狸大神は後に旗本瓦林邸に移り明治年間に柳森神社へ合祀されたようです。ということで神使きつねの稲荷社に狸神(福寿狸大神)が祀られている妙といえば妙な話の道筋が見えてきました。Pt↓)にある鳥居は福寿神の社殿に正対していて稲荷社の鳥居ではないようです。鳥居左右の狸像は右の像が「福寿狸大神」のようです。
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