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「豪徳寺」は曹洞宗の寺であり、招き猫は境内の招福観音堂の祀られる「観世音菩薩」の眷属という関係になります。観音堂には「招福猫児(まねぎねこ)」という参拝者が奉納した右手を上げた素朴な白い猫建が休んでいまが、その数はとんでもない数になっています。よく聞かれる招き猫伝承は、【吉良家の庇護を消え没落していた時代に住職が猫(タマ)を飼っており、ネコに「この貧乏寺をなんとかできないか」と無理難題を語りかけていました。そんなおり付近を通りかかった井伊直孝一行がタマ(猫)の招かれて突然のゲリラ豪雨から避難できたという事件があったそうです。これを縁に弘徳院は井伊家の菩提寺として「豪徳寺」と改名するなど庇護を受けるようになった】 内容に多少違いはあってもよく知られる招き猫伝承はこんな感じなのですが…。
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この招き猫伝承は江戸時代の文献資料には見当たらないのだそうです。無理のないことで、招き猫伝承は明治維新後に井伊家の庇護(スポンサー)を失った豪徳寺が参拝者誘致のため寺の関係者により創作された物語のようです。実によくできたお話で貧乏寺の住職、飼い猫の恩返し、井伊の殿様と井伊家の庇護、招福観音信仰、眷属の猫の人形と登場人物やストーリーの一貫性などお見事な完成度となっています。次第に花柳界を中心に招福信仰として広まり「タマの墓」や「供養塔」まで創られてたようです。さらには今にいたっても参拝者が多く訪れる、創された伝承だったとしても、猫(タマ)がもたらしたお寺繁栄の話なのだと充分に得心がいきます。・三重搭の干支、ねずみ年部分は猫+2匹のねずみとなっています。・飲料の自動販売機にも招き猫の絵が…。縁起物の由来書と招き猫人形(2号)と猪年の絵馬です。
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