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【名古屋航空博物館&城巡り最終回】この地に稲葉山城(金華山城・井の口城)を築かれたのは1201年(建仁元年)二階堂氏によります。1567年(永禄10年)美濃の斎藤竜興を滅ぼした織田信長は本拠地を小牧からこの地に移し「井の口」の地名を「岐阜」と改めています。以後、城主は変遷して1601年(慶長6年)に徳川家康により廃城となります。天守の復興は最初に明治43年(1910)に再建されるもこの天守は昭和18年(1943)に失火消失、昭和31年(1973年)に鉄筋コンクリート建築で再建、平成9年(1997)の改修を経て現在となります。平成18年(2006)には”日本100名城No39”に選定されてはいますが、オリジナルとはまったく異なる天守となっているようです。
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「岐阜城天守」は標高329mの金華山(稲葉山)の山頂にありますが、歴代の城主は山頂の天守を住まいとして訳ではありません。麓から天守まで登り約1時間では冗談ではありません。山麓駅から「金華山ロープウェイ」で約4分、山頂駅から徒歩10分ほどで再建天守へ着きます。地元歩こう会のお歴々は「麓から45分」と豪語していましたが、まさに冗談ではありません。金華山の麓には鵜飼で有名な長良川がとうとうと流れています。長良川温泉から鵜飼船越しに見上げる金華山と岐阜城天守は良い雰囲気だったのですが、やはりこの景色は麓から見るものでした。ロープウェイ山麓駅近くには、明治15年(1882)に自由党党首の板垣退助が暴漢に襲われた現場で、大正6年(1917)に建てられた碑と銅像あります。「板垣死すとも自由は死せず」は有名な言葉ですが、これは当時の新聞記者の捏造で土佐弁で「かあちゃん痛いよ!」がせいぜいでしょう。それよりも山麓駅の大きな絵(!)はアニメにもなった「ルドルフとイッパイアッテナ」です。そういえば黒猫ルドルフの生まれ故郷は「岐阜」なのです.。
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