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10数年ぶりの小田原の変貌には驚かされました。調べてみると小田原は東京駅から東海道線で約90分、新幹線なら35分と都内への通勤圏としては微妙。人口は約19万3千人(2019/06)とこれまた微妙です。戦国時代は北条氏で栄えたとしても関東の中心が江戸に移ってからはご存じの通りです。Pt↑)JR東海・小田急・箱根登山鉄道の小田原駅は天下の観光地。箱根の入口としてそれなりご立派に変貌しているのですが、普通に考えればごく普通の地方の街なのです。
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この街の観光客誘致の取り組みはハンパではありません。街のいたるところに設置された案内板の多さや旧跡の紹介板など京都くんだりの一級観光地と比しても見劣りしません。昨今は公官庁や観光協会のHPはあたり前ですが、観光パンフがPDFで開ける(その数も豊富)などそうあったもんではないでしょう。
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街で見かけたマンホールです。他にもローマ字でODAWARAなど数種類を見つけましたが、小田原らしいのはPt↑)これです。箱根の山々、小田原城、川渡しの越がモチーフです。♪小田原提灯ぶらさげてぇ♪の「お猿のかごや」かと思ったのですが、「お猿のかごや」の作者の山上武夫氏は歌詞を東京・大森で作詞しており小田原とは関係は無いようです。
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小田原観光充実の最たるものがPt↑)の小田原城址公園内二の丸観光案内所です。この案内所自体が昭和9年に造られた建物を使っており、城址公園やら小田原観光のパンフ資料が数多く置かれています。
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小田原駅の西口側には小田原ゆかりの武将・北条早雲の騎馬像が置かれています。黄色のベストは小田原でのラグビーワールドカップの宣伝を兼ねているようですが「なんで俺が!」と早雲氏はぼやいている事でしょう。箱根の玄関口・鈴費の蒲鉾・ういろ・コンクリートの小田原城くらいのイメージしかなかったのですが、城址公園の整備や常盤木門や銅門の復元作業、パンフレット類、観光ボランティアの充実など、どれだけの時間と費用を費やしてきたことでしょう。ここまで観光誘致に特化している自治体も珍しいのかも知れません。