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「日光東照宮」は全国にある他の東照宮と区別するため”日光を冠していますが正式には単に「東照宮」です。その起源は源良義朝の時代に遡りますが、現在の東照宮は寛永11年(1634)に3代将軍家光の時代に始まった大造替によります。その大造替の設計・施行の総指揮に当たったのが、幕府作事方大棟梁の「甲良豊後守宗広」でした。この甲良豊後守は芝増上寺の台徳院霊廟や日光東照宮の造替、上野寛永寺の五重塔の造営にも関わっています。特に左甚五郎等を登用した日光東照宮の色彩と彫刻群の造形は驚く事には僅か1年半で造替完了しています。Pt↑)が「甲良豊後守」の像で東照宮駐車場の敷地内にありました。昭和52年に甲良町と日光市の姉妹契約記念として造られたそうです。
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Pt↑)は「御仮殿/おかりでん」です。メイン参道から少しそれた場所にあります。本殿の修理や造替時に本殿の神々を一時的に移すための仮の社の事で、この御仮殿は文久3年(1863)以降は使われいません。通常は本殿修理の完成時に撤去されるのがそのまま残してあるようです。この「御仮殿」昭和19年(1944)に国の重要文化財に指定されています。
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