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これも【江戸人の性/草思社文庫】からのネタです。江戸文化年間(1812頃)に寺の住職を引退してから江戸近郊の散策を繰り返しその印象を「遊歴雑記」なる本にまとめた大浄敬順(だいじょうけいじゅん)なる人物がいました。敬順が武蔵国足立郡三ッ木村(現鴻巣市)の三ッ木村山王大権現を訪れたのは文化13年(1816)の事でした。【神社の敷地は狭く、拝殿は板葺きで山王の宮があり、3匹の猿が置かれ、身の丈2尺の猿は右手に宝珠を持ち尻を落として両膝を立て人間のそれに模した陰門丸見えの状態。更に参拝者の願いを込めて朱く塗られている】とあります。ということでその『猥褻な猿』を見に埼玉県鴻巣市(JR高崎線/北鴻巣駅徒歩約10分)へ行ってみました。190年前の「遊歴雑記」がそのまま状態でした。
☆Pt↑)がその股間を晒した猿で後方には子を授りを感謝する絵馬(?)があります。
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山王信仰は滋賀県大津市比叡山の麓の「日吉大社」より生じた信仰で、日吉神社・日枝神社・山王神社など全国に3800社あるとされています。ご祀神は大山咋神(おおやまくいのかみ)と 大物主神(おおものぬしのかみ)、神使は「猿」です。近郊では川越の日枝神社やら赤坂の日枝神社が有名です。赤坂の日枝神社のご利益は「良縁・子授け」とありますが拝殿前には着衣のままで朱く塗られてもいない石猿像が置かれています。
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三ッ木神社(三ッ木山王大権現)のご利益は「遊歴雑記」では【石猿はあらゆる婦人病に霊験あらたかで生理不順・便秘・腫物・かゆみの治療や不妊症にも効果があり】と表現されています。拝殿にも朱く塗られた石猿と塗料(?)が置かれています。石猿に自分の體の悪いところに朱を塗って治癒祈願するということです。撫で牛の祈願と同様ですが、ここでは女性の下半身疾患に特化しているようです。この神社は意外と高評価だったようで近郊ばかりでなく江戸からの参拝の女性も多かったとあります。関係各位には大変申し訳ありませんが高評価神社とは想像がつきません。
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敷地内の由緒書きには「遊歴雑記」での内容は一切ありません。元亀2年の織田信長の比叡山焼き討ちを逃れてた日枝山王権現の僧がこの地を訪れ創建したとあります。明治年間に村社氷川神社と無格社天満社を合祀して社号を「三ッ木神社」と改称し、のちに村社八幡社と村社稲荷社を合祀したあるだけです。神社近くを通る旧中山道からは入ります。今と異なり江戸からの日帰りは無理でしょう(!)。朱く塗られ地が判らない猿達。子の授かりを感謝する絵馬(?)。奉納された無数の猿達の人形。はるばると参拝に訪れる女性たちの願いが伝わってくるようです。
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