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訪れた季節が悪かったのでしょうが、「国の史跡指定」の割には”なんかなぁ”という雰囲気で笑)。水路に流れはなくゴミこそ捨てられていないにしても残念な景観になっています。西縁一の関(猫殿のいた場所)に至っては立入禁止となっていました。ここ浦和から大宮へ続く見沼田圃は現在でも関東有数の広大な田園地帯なので、”見沼””の名が付く公園も多くあります。その全域を管理していくのは容易なことではないで”しょうが、この国史跡の通船堀にしても数年に一回、極々稀に閘門通行の実演が行われる時以外はほったらかしなのでしょう。
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なかなか良い感じの竹林が続きます。数百mにわたって遊歩道が造られています。”竹の子を盗まないでください”の旨の看板は興ざめです(苦笑)。
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大宮の氷川神社を一宮とする氷川さんですが、見沼田圃周辺には須佐之男命(おやじ)を祀る大宮、大己貴命(子供)を祀る中氷川神社、奇稲田姫命を祀る氷川女體神社があり、この「附島氷川神社」には奇稲田姫命が祀られています。鎮座地はやや高台で見沼田圃が見渡せたことでしょう。
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江戸時代に見沼干拓事業に参加し、完成後は積荷や船頭の配置などの割振り業務を担当した鈴木家の文政年間に造られた国の史跡指定をもつ「鈴木家住宅」です。
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鈴木家住宅の先、八丁堤脇の「水神社」です。河川仕事従事者の水難防止を祈願した神社なのでしょう。絵に描いたように荒れ果てています。河川運搬事業が衰えるとともに信仰する人達も減ってしまったのでしょう。
竹林に潜むのは”虎”なのですが、通船掘りの竹林にはなかなかの貫禄のねこ殿が潜んでいました。
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