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後年、ジェファーソンのジョマの友人だった奴から聞いた話ですが…。薬物中毒でボロボロになったマイク・ブルームフィールドはサンフランシスコの病院の駐車場で自分の車の中で死んでいたそうです。Pt)はアルクーパーとの【スーパー・セッション】と【フィルモアの奇蹟】です。バンド枠にとらわれない【スーパー・セッション】は当時の地方の高校生には斬新そのものでした。特に【フィルモアの奇蹟】でのポール・サイモンの『59番街橋の歌』の堪らないギター・ソロはぶっ飛びモンでした。これがレスポールの音と知るのはずっと後年です。CBS/SONYレコードが市場にシカゴやS&Gで参入してきた時代でしたが、他がLP ¥1800-2000の時代に¥2200とやや高額だったと記憶しています。
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ブラス・セクションを前に出した『Blood Sweat & Tears(血と汗と涙)』のデビューが1968年で『Chicago Transit Authority(後にChicago)』が1969年です。ジャズぽいBST、ロックぽいChicagoどちらかというとChicago派の方が多かったかなぁ(笑)。テリー・キャス以外は全員が音楽大学出という事でポイントが高かったようです。両バンドともCBS/SONYレーベルでLPはやや高額の上にChicagoに至っては3作目迄が2枚組、4作目のライブは4枚組なんてとんでもない事になっていました。日本公演ライブでさえ2枚組で、なんと2曲ほどカタカナ日本語歌詞で歌わせています。よくChicagoの連中がOKしたものです(笑)。カーネギー・ホールのライブ盤は上野駅の線路下の「畜光堂」でUS盤を買いました。ライブ4枚組なんてそれまであったのかなぁ?Chicagoはバンドとして50年続いていることになります。いまでは初期作品集は格安のBoxでウソのような価格になっています。
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今思えば当時のヒット曲やバンドは見境なく聴いていたようです。「聴いたか?あのバンド!すんげぇぞっ」の連続だったのでしょう。サイモン&ガーファンクルはダスティ・ホフマンの映画「卒業」を見てのサントラが最初でしょう。【サウンド・オブ・サイレンス】はかなりのオーバーダブがされているのは後に知りますが、個人的にはポール・サイモンの アコギ1本が好きです。LP作品としては【明日に架ける橋】が有名ですが、老人たちの孤独をテーマとした【ブック・エンド】の方がこの歳になると感じ入ります。==過ぎ去った日々 それは素晴らしい日々だった 無邪気な 日々自信に満ち溢れた日々もうずっと昔の事。 ここに写真があります 思い出は大切にとって置くことです それはあなたが失ったすべてのもの==そうはいっても17.8のガキにわかるような歌詞ではなかったのですが…(苦笑)。