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◆CD棚から『Live In Japan』関連のCDを探してきました。最初は1965年1月の新宿厚生年金会館での【ベンチャーズ・イン・ジャパン/実況録音盤】です。日本のロックの歴史を変えた作品と云っても良いでしょう。雪模様の赤坂日枝神社で撮影のジャケ写は彼らの象徴ともなるサンバーストのモズライトです。
◆1966年1月6日の「太陽の彼方」が大ヒットした【アストロノウツ・イン。ジャパン】の東京・文京公会堂での音源です。海のないコロラド州ボルダー出身のグループがサーフ・ミュージックとは?です。ベンチャーズに比べて演奏もアマチュアレベルです。大人気の彼らも日本滞在時の素行が悪くベンチャーズにその座を奪われたそうです。
◆1966年1月13日の大阪サンケイホールでの【ビーチ・ボーイズ・ライブ・イン・ジャパン '66】は当時のNHKでラジオ放送された音源ですがマニア以外にはお勧めできません。6月のBeatlesより先の日本公演でした。ブライアン来日せずBassはブルース・ジョンストンです。この極東ツアーの間にブライアンは一人で『Pet Sound』を製作していたとは…。
◆数年前に「幻の日本公演のテープが発掘」なんて感じで登場した。ピーター・ポール&マリーの1967年1月17日の京都会館での【Live In Japan 1967】す。当時のネェチャン達に絶大な人気がありました。このライブは今聴くと居住まいが悪く気持ち悪く感じてしまいます。当時のコンサートってこんな感じなんでしょうがどこが良かったのか疑問さえ感じます。
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◆スエーデン出身のインスト・バンド【スプートニクス・ライブ!ジャパン 1966 &】の1966年2月の大手町サンケイホールでのライブです。歪系のベンチャーズに対してクリーン・トーンのスプートニクスは日本人うけしました。トロイカのメロディが出てくる『霧のカレリア』は有名曲です。コスチュームが宇宙服もどきだったのもお笑いです。【スプートニクス・イン・トキョウ】はライブ盤ではなく日本的な楽曲ですが『空の終列車』が収録されています。
◆なぜ呼んだのか釈然としない、1971年7月の新宿厚生年金会館での【ショッキング・ブルー・ライブ・イン・ジャパン】です。これも数年前に復刻されたものですが「ヴィーナス」1曲程度の一発屋でレパートリー不足からか「ヴィーナス」を2回演っています。演奏は呆れるくらいお粗末です。
◆同じ1971年2月の大手町産経ホールでのB.B・KINGの初来日のライブ【B.B King・Live In Japan】です。1971年、B.Bは46歳(?)聴きごたえ充分、B.Bのライブ盤でも屈指の作品だと思います。音数の少ないのが特徴のB.Bが結構弾いているのが笑えます。日本製のアンプ(Ace Tone?を)使用したようですが、アメリカ製だろうが日本製だろうがB.Bが弾けばBBのトーンになってしまいます。そうなんだよねぇ(笑)。
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◆1972年6月2日。カーペンターズの日本武道館での【ライブ・イン・ジャパン 1972】です。大阪フェスティバルホールの2年前、前年の世界歌謡祭参加で初来日に次いで2回目の来日公演です。NHKでの放送音源でTVショーのレーベルからの発売です。音源自体はブート+程度なので当時に思い入れのある方以外には勧められません。
◆1972年7月22日の後楽園球場でのエマーソン・レイク&パーマーの【ライブ・イン・ジャパン 1972】です。これもラジオ・ショーレーベルからで当日のTVで放送音源で数年前に出回ったブートと同内容です。ムソルグスキーの「展覧会の絵」が楽しみでした。どうにもELPとかYESってのは苦手でこの系列のコンサートには一度も行ったことはありません。
◆鮮明に覚えているコンサートが1973年11月8日のリオン・ラッセルの武道館公演【ライブ・イン・ジャパン 1973】です。20名近いバンドをコントロールする姿やアンコールでグランド・ピアノの上で長髪を振り乱してレスポールを弾く姿(!)唖然としてみていました。同時期にロングビーチの3枚組ライブがあったので武道館はダイジェストですがCD化ではヒューストン1971のライブが追加されています。
◆いまは開催終了となりましたが東京は日比谷の野外音楽堂で「ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバル」というイベントが開催されていました。それ以前の1975年3月芝の郵便貯金ホールでの【ジュニア・ウェルズとバディ・ガイ】のジョイントライブです。当初徳間ジャパンのバーボンレーベルからLPで登場、後にCD化されたものです。これ宝物です! 何時の年だったか大雨の日比谷野音フェスで近藤房之介がチビまる子ちゃんのヒットで『これでご飯が食べられるようになりました!』と絶叫したのを今でも覚えています。ブルース・コンサートなんてそんなモンでした。
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◆長年の活動期間で数多いPurpleのライブでも最低・最悪なのは【ラスト・コンサート・イン・ジャパン(紫の燃焼)】・1975年12月5日の武道館ライブといわれ、Purple側も「出すんじゃなかった」と後悔したようです。Gのトミー・ボーリンは全く弾けておらず、カバデイル&グレン・ヒューズは、実に適当、頑張っているのはジョン・ロードとイアン・ペイスという金返せ状態!です。この音源に後年7曲を加えてのデジタル・リミックスの2枚組【This Time Around Live In Tokyo】で再発されると同じテープからかと思うほど改善(別モノ)されています。という事は当時のワーナーのエンジニア(日本人?)がど下手なだけだったという事でしょう。Gのトミー・ボーリンは若くして死んでいますが、日本のファンには下手くそGと思われています。当時このリミックス盤内容で発表されていたら評価は違っていたことでしょう。