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◆”フロム バンクーバー カナダ! バックマン・タナー・オーバードライブ”のコールから「ハイウェイをぶっ飛ばせ」いやはやキャッチーなリフをかます【B.T.O Japan Tour】です。ガタイのデカサ加減から”カナダの木こり軍団”なんて呼ばれましたが、確かにストラトやリッケンが小さく見えるので大男には違いありません。カナダ出身ながらアメリカ的なバンドでKISSよりポップだと思うのですが(苦笑)。1976年11月4日の武道館ですが同時期の「スティタス・クオー」が中野サンプラザです。この差はなんだったんでしょう(笑)。
◆スージークワトロのライブアルバム【Live and Kickin'】は1977年5月27日/6月12日の中野サンプラザ公演からです。当時は日本とオーストラリアの限定発売。さもありなんです(笑)。ヒット曲がヨーロッパでだったので勘違いされますが、本人はアメリカのデトロイト生まれです。黒のレザースーの小柄な姿でFenderベースは恰好よかったです。今聴いてみると歌も演奏も大したことありません。「お笑いウルトラクイズ」のエンディング曲の『ワイルド・ワン』は覚えています。
◆メタル系は苦手です。ルドルフ・シェンカーが1965年に結成したスコーピオンズはメンバーの交代が激しく誰が誰やら状態です。この1978年4月24・27日の中野サンプラザの公演は【Tokyo Tapes蠍団爆発!スコーピオンズ・ライブ 】とのなんともなタイトルとなっています。日本語で歌われる滝廉太郎の『荒城の月』は意外と味わいがあります(笑)。
◆リトルフィートには「ウェイティング・フォー・コロンブス」という傑作ライブ盤があり評価が難しいのが1978年7月5日からの中野サンプラザでのライブ盤【On The Eastern Front】です。FM放送用の音源ですが83分と長尺です。特筆はコロンバスと同時期でグレート義太夫ならぬローウェル・ジョージが参加していることです。麻薬中毒が進行中で翌1979年にはリトル・フィートを解散、直後に亡くなっています。そういう意味では貴重なライブです。
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◆アメリカ・ルーツ系ミュージックってやつで、ライ・クーダとかデビット・リンドレーなんかの方向です。エイモス・ギャレットの弾くギターの音色は彼独特のトーンでとてもじゃないがマネのできない音です。最初に聴いたのはポール・バターフィールド・ベターディスだったかな?片やのジェフ・マルダーも有名どころで、この二人の1979年3月18日の新宿ロフトでのライブです。なんでもそれ系のファンには貴重盤だそうです。
◆顔でギターを弾くBBとは双璧の「ゲイリー・ムーア」の1983年1月24・25日の厚生年金会館での【Rockin’ Every Night】です。ピンクのストラトのハード・ロック期のものです。ドラムはイアン・ペイスだったんですね(!)。こちらも日本限定の予定がしたが出来の良さに世界展開となったようです。ハード・ブルース期の方が好きなのですがこれはこれです。この日の完全版を復刻してもらいたいものです。
◆前記事にもあったのですが、限りなくブートに近いと思われる「Alive The Liveシリーズ」からのQueenの1985年の
フレディ在籍最後の日本公演【クィーン ライブ・イン・ジャパン1985】代々木体育館でのライブです。当時のNHKで放送されレザーディスクやDVDとして販売された音源です。なんでもQueenは1975年の初来日から50回を超える公演をやっているそうです。映画の影響もありフレディ死しても大人気は大したものです。
◆このジャケ意外と好きです。国旗をこんなことしたら日本では(苦笑)。日本のみで発売された2002年10月24日のシェリル・クロウの【Live at 武道館】です。ヒット曲が続いた登調子のころのライブなので悪い出来ではありません。この発売の頃から所謂「Live In Japan盤」があまり発売されていません。情報の速度が速くなり「日本独自の」の意味が薄れたのかも知れません。ブートCDの出来や内容が飛躍的に進み「Live In Japan」はブートのシフトしていきます。
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大物を忘れていました。1991年12月のジョージ・ハリスンのECのバンドを引き連れての【ライブ・イン・ジャパン】です。1966年の武道館以来の東京ドーム最終日の12月17日。ジョージがステージにいるだけで感激ものでした。ECの弾く”この曲なんだ?”イントロから始まる「サムシング」。ギターはEMG搭載の「ロイ・ブキャナン・ブルース・マスター」。話が長くなりそうです(苦笑)。このライブではECの部分がカットされ音もかなりいじられています。そこはブートの世界で(笑)日本公演の全日程をどれだけ集めたことでしょう(!)。