信じようと信じまいと1960年代の日本の洋楽の歴史を変えてしまったのは「The Ventures」といっても過言ではないでしょう。彼らの人気が沸騰した1965年から日本独自の「Live In Japan」のCD(LP)が残されています。
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Pt↑) 1965年の日本でのVeturesの人気が沸騰してきた時期のライブ盤です。本国ではローカル・ダンス・バンドに過ぎなかった彼らの日本公演ライブ盤の発売は1995年の事です。この年Venturesは1月と7月に日本公演を行い1月のライブが「おやじベンチャーズ・バンドのバイブル」の『ベンチャーズ・イン・ジャパン(実況録音盤)』です。LPが高額の時代に50万枚以上と売れに売れたそうです。ジャケ裏にはFenderアンプがパイプ椅子に乗った写真ですが、司会者は「グヤトーンのアンプ、イチバ~ン」と言っています。テケテケテケにはリバーブを使っていませんが、グヤトーンの新製品にはついていなかったのでしょうか?返しのモニターはなし、ドラムセットは超シンプル、このセッティングはヤバイです(笑)。
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1965年7月の来日では全国28都市のコンサートで17万人(!)を動員しています。この公演から『All About The Ventures/ベンチャーズのすべて』の2枚組LPとダイジェスト盤の『Ventures In Japan Vol 2』が発売されました。1年に2回の来日&2回のライブ盤製作なのです(!)。この1965年ライブが1995年に外国で発見されUS盤CDとジャケ違いの『コンプリート・ライブ・イン・ジャパン '65』で再発となります。全曲が曲順となりMCのコメントが編集が異っています。もしかすると年7月コンサートはアメリカのスタッフの録音かも知れません。
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ベンチャーズ・ライブ・ボックス 第1集収録の『ベンチャーズ・オン・ステージ・アンコール』は1966年7月から9月までのの5度目の来日公演ですが多くはスタジオ・ライブでしょう。加山雄三の曲や映画化までされた「二人の銀座」が演奏されています。翌1967年7月来日時のライブ盤『ベンチャーズ・アゲイン~北国の青い空』です。使用ギターがモズライトのセミアコ・アベンジャーに変わます。翌1968年の日本公演では大事件が起きました。ノーキー・エドワーズが脱退、Gはジェーリ・マギーに変ります。オルガンのねぇちゃんまでいるのですから驚きの連続でした。新編成でのライブが『ベンチャーズ・イン・トーキョー』です。ジャケ写から判りにくいのですがギターはモズライト・アベンジャーのようです。1969年はアメリカで「ハワイ・ファイブ・オー」が大ヒットで皆勤賞は途切れ、次の来日の1970年の『ライブ!ザ・ベンチャーズ』では楽器がレスポール・へフナー・SGと変りモズライトとの関係は切れます。ドラムがセンター位置になりツーバスになったり1970年のライブでは「京都の恋/歌:渚ゆうこ」が登場し司会者(日本人)と意味不明の会話があります。この気持ちの悪い司会者同行の時代は暫く続きます。そんな時代です(笑)。
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『ベンチャーズ・オン・ステージ ’71』は1971年8月20日の新宿厚生年金会館ホールでの収録です。この年はジェリー・ドン・ボブ・メルと裏ジャケに姿が見えるジョン・ダリル(Key)の5人の編成です。Keyが入って演奏の厚みが広がりが、ゲストの渚ゆう子が「京都の恋~京都慕情」をする変化はみられますが1965時代のイメージが薄まります。『ベンチャーズ・オン・ステージ '72』はLP2枚組で発売されました。ジェリー・マギーが来日できず臨時にノーキー・エドワーズがゲスト参加となり「ノーキーが帰ってきた!」は大層な話題でした。ベンチャーズ歌謡では「雨の御堂筋」の欧陽菲菲がゲスト参加しています。『ベンチャーズ・オン・ステージ '73』は1973年7月の東京郵便貯金ホールでの収録です。メル・ティラーが脱退しドラムがジョー・ダリルに変わっています。この年は脱退したメル・ティラーを中心としたグループ「メル・ティラー&ダイナミックス」が日本ツアーを展開します。Gがなんとジェリー・マギーでKeyのジョン・ダリル、若き日のボブ・スポルティング。なんのこたぁない『ほぼ ベンチャーズ』です。《続く》