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『ベンチャーズ・オン・ステージ ’74』は川越市の「川越市民会館」での収録です。1973年の2つのベンチャーズ騒動の翌年はKeyがディブ・カーに変わり女性ボーカルのリーシャ・ケイリーが参加しています。ノーキーはテレキャスター。ボブがフェンダー・プレッシジョン。ドンがジャズ・マスター使用でした。衣装もラフになり長髪スタイルと彼らなりのイメージ・チェンジでした。『ベンチャーズ・オン・ステージ '75』はKeyがジェフ・ビンセントに変わり札幌厚生年金会館ホールと大阪フェスティバル・ホールの2か所からの収録です。ここまでが1992年発売のLive Boxからです。東芝時代の日本公演の一部は紙ジャケ復古されましたが1974,1975年は復刻されていません。『ベンチャーズ・オン・ステージ '76』は1976年9月1日の渋谷公会堂での収録です。この作品は単体のLP(CD)として発売されました。1976年はリーシャとジョネル・カレンダーと二人の女性ボーカルが参加してロック・ショーより歌謡ショー的になってきます。実のところベンチャーズの人気は1965年がピークであとは安定人気時代なのです。ノーキーの神ががった演奏やモズライトGの伝説は1960年代のものです。それでも情報の少ない時代に日本全国のどこでも演奏会に来てくれるグループは貴重な存在でした。
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冷静にみると彼らの日本での人気は1965年をピークとして低空飛行のから下降期へと移ります。1966年ビートルズの来日うやGSの台頭でインストバンドは時代遅れとなり、ガキどもはあの超絶テクすら馬鹿にするようになります。それでもライブ・バンドとしての存在感は圧倒的で地方都市の会場は満員御礼でした。1977年(?)に日本でのレーベルが東芝からキング・レコードに移り来日公演ライブ盤は1977・1978・1990年はLPでの発売はあってもCDでの復刻はかないません。テクノに挑戦した超名盤「カメレオン」時代の『スーパー・ライブ 80』ですら復刻にならないのは残念です。Pt↑)は未CD化のLPです。キャラバン収録のマキシシングルなんてのも発売されていました。
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『ベンチャーズ・ライブ・イン・ジャパン '1990』
は1990年9月9日の「松戸市民会館』での収録です。ここから時代はCDフォーマットになります。追加メンバーなしの4人編成で収録時間が長くなり24曲と大サービスです。ジェリーのサムピック奏法は泣けてくるような音色でギターはフェンダーECモデル、アンプはローランドのJCを使用しています。この作品からCDと映像(ビデオ)が同時発売だったような…。『ライブ・イン・ジャパン '93』は結成35周年記念(1959~1994)と銘打たれたツアーの1993年9月の新宿厚生年金会館でのライブです。人気は低空飛行でも1991年の大晦日にはNHKの『紅白歌合戦』に出演したり、1992年には芦原すなお原作の「青春デンデケデケデケ」の映画も公開されます。ジャケ写で確認するとボブの後ろにはピービーとマーシャルが並び、赤のジャズ・ベー。ジェリーはメイプルネックのストラトとJC120(?)。ドンはJCとピービー(ヘッド不明)でジャズ・マスター使用です。リードGより音がでかいリズム・ギター(!)32音符の全弦刻みをガキども奏れるもんなら奏って見ろ!(笑)。東芝EMIの最後のLive In Japan『ワイルド・アゲイン・コンサート・ライブ '97』は1997年9月7日の新宿厚生年金会館でのコンサートです。1994年の『コンサート・ライブ 94』はレザーディスクのみの発売でCD音源はないようです。1996年の日本公演中にメル・ティラーが体調を崩し8月に肺癌のため亡くなります。元々Venturesはドンとボブの会社で他は契約社員(要は誰でも良い)なのですが、後任にはメルの息子のリオン・ティラーが参加となります。手癖からなにからミッチリと某氏により叩き込まれてオヤジそっくりなドラムデビューとなります。ロックの時代にジャズ系のドラマーなんていませんもんねぇ。