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古代の律令制時代の武蔵国では、現在の足立区、川口、さいたま、草加、上尾、桶川、鴻巣あたりまでは「足立郡」とよばれ、国府は府中にあり支所である足立郡郡衛は現さいたま市に置かれていました。いわゆる「延喜式神名帳」には武蔵国足立郡の式内社は氷川神社(大宮)、調神社(浦和)、多気比売神社(桶川)と足立神社の4社しかなく、足立神社はそれなりの由緒ある古社となります。地域の「鎮守の神」として土地の人々の様々な「願事」を引き受けていたことでしょう。
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さいたま市には「延喜式」を掲げる「足立神社」もう一社あります。横浜の杉山神社ほどではありませんが、神社の本家が何処なのか判らないのは地図も書面もなく情報は人々の記憶だけが頼りの時代では無理のない事です。浦和から産業道路を大宮方面への途中にある「足立神社」は「延喜式」を掲げる2社のうちの1社です。祀神は猿田彦命、天鈿女命、天照皇大神等の多くの神々ですが、僅か数㎞先に出雲の国津神を祀る氷川神社があり、天津系神々は妙な感じすらします。
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第9代開花天皇時代の創建とありますが、明治以前は「高塙明神社」であったのを明治年代に地元の顔役が「足立神社」を主張し押切ったようです(苦笑)。そんな事情があるにしても神社と鎮守の杜が今に続いていることの方が大切です。一の鳥居の社号標には「延喜式内足立神社」の記載が…。二の鳥居、三の鳥居迄と200m弱の参道が続きます。三の鳥居の造りが他で見かけた記憶がない形式になっています。
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