200913_18
『三峯神社』は日本武尊東征の際、伝承ではオオカミの道案内により秩父を訪れ「伊弉諾、伊弉冉」の2柱を祀ったのが創建とされます。また、社記には【享保年間、日光法印が山上の庵室に静座していると、山中どことも知れず狼が群がり来て境内に充ちた。法印は、これを神託と感じて猪鹿・火盗除けとして山犬の神札を貸し出したところ霊験があったと】とあります。どうやらこれが三峯神社のオオカミ信仰の始まりのようです。
・・・・・・・・・・・・・
200912_03
Pt↑)は三輪鳥居の「オオカミ像」です。山間に住む人々には農作物の猪や鹿による作物被害は深刻で追い払ってくれる「オオカミ」は心強かったのでしょう。山岳信仰の修験者により「オオカミ」信仰が広まり、江戸中期にはオオカミを信仰対象とする「三峯講」により火災除や盗難除にもご利益のある御眷属(山犬)信仰が盛んになります。
・・・・・・・・・・・・・
200913_21
「隋神門」前の「オオカミ像」です。三輪鳥居オオカミに比べると栄養状態の良い日本犬に見えない事もありませんが、目つき顔つきはやはり「オオカミ」です。派手めな色彩の随身門に赤がポイントのオオカミ像がいい感じです(笑)
・・・・・・・・・・
200913_22
隋神門を抜け100mほど進むとあるオオカミ像です。最近のモノなのか容姿が現代的(?)で、前掛けに奉納者の名前が記載されています。明治年間に絶滅したとされる日本狼は剥製で見る限りはやや大きな柴犬といった感じです。面白いことに「三峰講」での山犬は日本オオカミなのが野生化した犬なのか判然としていないようです。
・・・・・・・・・・・・
200913_23
駐車場から約500mようやく拝殿に続く石段が見えてきました。ちょうど参道の掃除時間で、このオオカミ像も係の方が抱き着くようにして磨きをかけていました。基本となる部分は同じでもオオカミの姿は年代ごとに異なるようですが、稲荷神社でのキツネ像ほどのバリエーションはないようです。
・・・・・・・・・・・・・
200913_24
拝殿の石段下、杉の大木で見えにくいのですが味わいのあるオオカミ像です。この像は文化7年(1810)の建立です。建立年の確認できるオオカミ像のようです。石工さんがオオカミを知らなかったのか稲荷社の眷属に手を加えた感があります。唐突に絶滅したとされる日本狼を追い求めた斐太伊之助(?)という方の著作をかなり昔(50年前)に読んだことを思い出しました。いまでも日本の何処かの山奥で日本狼が生存していてくれたら嬉しいのですが…。
・・・・・・・・・・・・・
200913_25
摂末社がずらりと並ぶ奥にある「大山祇神社」のオオカミ像です。かなり風化が激しくなっていますが、時の流れと云うものです。数ある摂末社のうち大山祇神社・大山積神は元々は山の神で眷属は「オオカミ」です。三峯神社のおおかみ達の始まりはこれなのかも知れません。都内の三峯神社で見られるオオカミ像は大体がこんな感じの像ばかりです。
・・・・・・・・・・・・・・
200913_26
時間の制約もあり参道から拝殿本殿、接末社で見かけたオオカミ像を撮ってきました。恐らくは三峯神社神域にはこの他にも多くのオオカミ狼があるのでしょう。妙法ケ岳山頂の奥宮を望む「遥拝殿」近くに置かれたオオカミ像は筋骨隆々です。遥拝殿からは秩父市内や日光連山が眺望できるのですが生憎の曇り空でダメでした。
・・・・・・・・・・
200913_19