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秩父市下吉田にある『椋(むく)神社』は「延喜式神名帳」に記載された旧武蔵野国秩父郡の式内社です。秩父郡には椋神社が5社あり明治政府はいずれにも「式内社」を認めています。意外に珍しい例と云えます。旧社格は県社で、元は井椋五所大明神を号し「いくら神社」だったようで社伝によると三峯神社同様「日本武尊命」の東征の折に創建とあります。
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秩父地方は古くからの興味深い伝承を持つ寺社だらけです(苦笑)。椋神社のご祀神は「猿田彦命」伝承では日本武尊の東征の道案内をしたとされます。日本武尊にとっても秩父のオオカミやら猿田彦の協力があったという事です。面白いのは5社の椋神社のうち上蒔田地区の椋神社だけは道案内役は「猿田彦」ではなく「大己貴命」となっています。
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ご祀神は猿田彦命」でありながら「猿田彦神社」ではありません。PTt↑)は奉納された額の似顔絵が猿田彦命として一般的な姿とされます。この絵面から「天狗」の原型とされ、天孫降臨や日本武尊命の東征の道案内の伝承から「道の神」や「旅人の神」として道祖神と同一視され、さらには「猿」と「申」繋がりで庚申信仰ともなっています。神社創建の「日本武尊命」との絡みから眷属が「オオカミ」となっています。このオオカミ像 Pt↓) は実にいい感じです。
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神社はお世辞にも良い状態とはいえません。社殿・玉垣・摂社もかなり傷みが進んでいます。これだけの社歴を有する神社となので何故か心配になります。椋神社本殿、旧本殿の八幡神社は秩父市の有形文化財登録ですが、大丈夫かと思うくらい傷んでいます。駐車場側の鳥居だけ立派に再建されるようでこれから修繕は始るのしょうか?
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神社は、明治17年(1884)秩父郡の農民が政府に対して武装蜂起を起こした「秩父事件」決起場所として日本の歴史に登場してきます。この事件は自由民権運動の先駆け事件として有名で、神社にはその記念碑等が造られています。10月31日に決起集会が行われ取決めが決議されていますが軍律については新選組隊則以上の厳しさです(笑)。
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また、秩父市吉田地区は国指定重要無形民俗文化財の「龍勢」で知られています。静岡の静岡市、藤枝市、滋賀の米原市、甲賀市にもある「筒に黒色火薬を詰めた手持ちロケット花火のデカイ奴」なのですが、ニュース映像などで見る限りは文化財指定を受けるような行事なのでしょうかねぇ?実はポスターを見て気が付いた程度です(笑)。
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痩せた狛犬ではありません。日本武尊命ゆかりの「オオカミ像」です。足の細いのが妙に気になります。
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三峯神社のオオカミ像とちがい”たれ耳”です。キツネ(稲荷)ほどではなくともバリエーションはあるようです。
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こちらが正参道です。オオカミ像は相対してではなく集落の方向を見下ろしているようです。
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