200919_05
この「西堀氷川神社」は偶然でしょうが面白い配置になっています。Pt↑)の鳥居から先の正面が社殿です。社殿に向かって右に何故か”社”がのない天照皇大神(天照大御神=須佐之男命の姉さん)の石碑があり、その隣が八千矛神(大国主命=須佐之男命の子孫)が並びます。その向かい側に三峯神社(伊弉諾尊&伊弉册尊=須佐之男命両親)、そして須佐之男命と櫛稲田姫命の夫婦神とファミリーが勢ぞろいで、須佐之男命の娘の須勢理毘売命と兄神の月読尊は欠席です。
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前述したように三峯神社は創建は須佐之男命が伊弉諾尊&伊弉册尊を祀ったのが始まりで、1700年代には日光山の修験者により山犬(狼?)への信仰が生じます。山里では猪や鹿よけの霊験ありとされ、信仰が関東地方から江戸の街に広がる過程で火防や盗賊除けの守り神となって行きます。江戸の街では三峯神社詣講が組織され多くの人々が三峯神社を参拝したようです。狼や犬族は事件の際は吠えて有事を知らせるから守り神とは人々の想像力は微笑ましい限りでが、火事や盗賊はそれだけ頻発したということでしょうか?
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恐らくは三峯神社はどちらかの三峯講により勧請でしょう。社史には明治41年に神明社・御嶽社・稲荷社を合祀したとあるので三峯神社もこの時代に合祀されたのでしょう。面白い事には境内社に御嶽社があります。この御嶽社も眷属が「狼」で「狼のお札」なので御嶽社と三峯社が同じ神社に祀られるのは珍しい例です。まぁイロイロ有ったのでしょう。
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小さいながらも創建者の須佐之男命の像が造られています。かなりしっかりとした「三峯講」なのでしょう。
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この三峯者には2対のオオカミ像があります。Pt↑)は鳥居側の1対です。近年の作と思われます。
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こちらはむしろ「キツネ」に見えます。よく見ると油揚げが間違えて供えられています。稲荷社は隣です(苦笑)。