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別名「川越大師」の名称で知られる【川越・喜多院】は天長7年(830)に天台宗を東国に広める「無量寿寺」として創建されています。江戸時代初期には徳川家の所縁の天海僧正が住職となり、徳川家の庇護により繁栄を迎えます。多くの建物が重要文化財に指定で、客殿や書院には「家光誕生の間」や「春日局化粧の間」が現存しています。これは1638年の火災で喜多院が消失した際に3代将軍家光の命で江戸城内・紅葉山から移築されたものです。その後江戸城は焼失してしまうので、結果として江戸時代初期の江戸城内の建造物が川越に残った事になります。逆に現上野寛永寺の根本中堂は喜多院を移築したもので、江戸城内⇒喜多院が喜多院⇒寛永寺の歴史のいたずらと云えます。
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喜多院の南側の敷地内の「仙波東照宮」です。駿府城(静岡)で亡くなった徳川家康は久能山の葬られた後に、日光に移される事となります。日光への道すがらこの地「仙波東照宮」で法要が営まれます。これをもって日光・久能山とともに三大東照宮といわれるようです。徳川家との関係から最盛期には750石、48000坪の広さがあったのですが一部の池や堀を廻らせた景勝地でだった名残はありますが、如何せん堀の空堀は枯葉だらけの荒れ放題と残念な状態です。
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三大ついでに「日本三大羅漢」の1つ、境内の「五百羅漢」は1782年頃から建立されたもので、538体の石仏が鎮座していますが結構不気味です(苦笑)。
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喜多院には鐘楼門、慈眼堂、仙波東照宮、家光誕生の間のある客殿、春日局化粧の間の書院、庫裡など国の重要文化財が数多くあります。名物の団子屋が2軒あるのですが観光的には地味といえば地味です。
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国指定の重要文化財「山門」。右側の銅像は天海僧正に立像です。実に謎の多いお方で108歳まで長生きしています。天海僧正=明智光秀説なんてのも謎多きエピソードの1つでしょう(苦笑)。
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重要文化財指定の「山門」の向かいに【日枝神社】があります。ご祀神は大山咋神(おおやまくいのかみ)と大己貴命(おおくにぬし)で喜多院の前身無量寿寺に創建に際に鎮守として滋賀から勧請しています。赤坂の日枝神社は太田道灌が江戸城建設の際川越日枝神社を分祀ったものです。