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11月中旬となると秩父地方には冬の気配が漂ってきます。天候は晴れで日差しもあるのですが、大木の陰では明暗の扱いが難しく没になるPtばかりです。『釜山神社』はこんな感じの神社でした。近年は三峯神社が人気があるようですが、神社が醸し出す雰囲気は是非とも緑の季節に再訪したい神社です。
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『釜山神社』の由来です。【紀元504年頃、第9代開花天皇の皇子日之雅皇子命が武蔵野国巡幸の折、釜伏山奥院において、旅の安全と国内の平定安康を祈ったのが始まりと云われます。紀元770頃に日本武尊が巡幸した折、この神社に立寄り山頂において神様に供える粥を釜で炊かれ、この釜を神体岩上に伏せ願望成就の祈りをしたと伝えられ、「釜伏山・釜山神社」の名が付けられたと云われています】とあります。
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釜山神社のご祀神は、この世の五大要素『木火土金水の霊神』とあり、火防盗難の守護を始め諸々に無限の幸を賜るとありますが、よく判りません。鎌倉期は住吉神社と称し、釜伏山に合わせて釜伏神社、昭和初期に釜伏山と山王様を合わせて『釜山神社』に改称されたそうです。Ptは釜山神社参集殿です。神職の住まいと兼ねているようです。
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左側に手水舎、右に社務所があります。手前のオオカミ像は栄養満点と云った感じでうややもするとシェパード犬のフォルムです。冬に向かう落葉の季節で参拝者も少ないのでしょうか社務所には人の気配はありません。それでも社殿には灯明が見えます。到着時に駐車場を教えてもらった以降は約2時間どなたとも会いませんでした。
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社殿の左に「稲荷社」があります。眷属のキツネ像は離れて見てもオオカミの姿とは違います。それにしてもオオカミ系の神社にキツネ眷属の稲荷社が在っていいものなのでしょうか?
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謎含みの『海四輝威神』の額で社額とは異なります。神威輝四海=神の威光は四方の海に輝くとでも読むのでしょうか、神社の由来では、土着の神をどうにか大和系の神々を関連付ける話を創作しているように思えます。ここでは三峯神社での伊弉冉・伊弉諾神や宝登山神社の大山祇神の様に大和系の神名が見つかりません。
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こちらが釜山神社の社額です。かなり薄暗くボ~としたPtがいっぱいいっぱいです。昔は秩父・長瀞方面から熊谷へは釜伏峠を通る道であり、村落を見渡す山頂に人々を見守る神社が造られたのでしょう。自然に人々暮らしと近しかった、日本狼と神格化された「大口真神/おおぐちまかみ」が祀神と思えてきます。
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後方から見た社殿は権現造りのようです。千木は縦そぎで鰹木は6本です。よく千木の縦そぎは男神々社、鰹木が偶数本は女神々社と云れていますが、殆どが俗説に近く必ずしもの決まりはないようです。
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日本武尊の東征の折、戦勝を祈願して釜伏山中で剣を突き刺すと水が湧き出し、
日本武尊がその水を口すると、あまりの冷たさに一口しか飲めず「一杯水」という名でも呼ばれる釜伏山を水源とする「日本水」についての案内です。風布ICからしばらくの所に水汲み場がありました。相変わらずの日本武尊、余計な事ばかりしています。
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釜伏山全体が「蛇紋岩」で構成された山であることの案内板です。蛇紋岩は建築材として使用される美しい文様の石材で、東京では目黒区駒場の旧前田侯爵邸で見ることができます。1985.年に「名水百選」となった湧水もマグネシウムの含有量の多い蛇紋岩層との関連があるようです。