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中町の『秩父今宮神社』への道すがら「秩父神社」を通り抜けていきました。秩父夜祭も今年は規模縮小との事。やはり寂しいもんです。8月に来たときは社殿の彫刻にうち、左甚五郎の作とされる「つなぎのい龍」は修復中でした。今回はPt↑)の様に鮮やかに蘇っています。
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秩父神社のご祀神は八意思兼命・知知夫彦命 ・天之御中主神・秩父宮雍仁親王の4柱とされています。明治以前は北極星を敬う外来の妙見菩薩信仰の「秩父大宮妙見宮」として知られていました。明治以降に祀神の「入れ替り」が在ったのでしょう、八意思兼命など役割も実績も存在すら判然としない神に変ってしまいます。須佐之男神、豊受大御神、天照大御神などの神々が境内社扱いもしくは長屋(マンション)に押し込められている体は面白いのですが…。
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元々、秩父地方には妙見菩薩や大口真神(山犬・狼)を信仰する人々が暮らしていたのでしょう。後に大和系の民に駆逐され元の信仰が姿を変えていったような感があります。日本武尊(という名の侵略者軍)が狼に導かれたとか、伊弉諾、伊弉冉を祀ったとか、山頂上で粥を作ったとかの神社伝承は侵略の正当化の為かもしれません。
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話がそれて行くようです(苦笑)。Pt↑)は秩父神社社殿に施された彫刻のうち「子宝・子育ての虎」です。この虎が彫られた時代では虎の雌が豹だと考えられていたようです。恐らく見た事もない動物を少ない情報で造ったのでしょう。他の彫刻は「つなぎの龍」、「北辰の梟」と修復中だった「お元気三猿」等々。
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