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今でこそ”めざせ世界遺産”ですが、昔は大型古墳を囲むような臣下の小型古墳を含めると円墳35基、方墳1基があったようです。昭和初期の干拓事業と宅地化で姿を消し現在は前方後円墳8基&円墳1基が現存しています。古墳群を見て廻ると約2時間は必要です。12月とは思えない快晴の暖かい日で、駐車場には小学校の課外事業のバスが来ていました。
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「丸墓山古墳」への途中に「石田堤の案内」があります。天正18年(1590)の豊臣秀吉の小田原征伐の際、石田三成が忍城を攻めるに全長28㎞に及ぶ堤を短期間で築き城を水攻め時の堤の一部で、備中高松城、紀伊太田城とともに「日本三大水攻め」となっています。小説や映画(2012)の「のぼう城」として知られています。実際は凝らしてみると何となく「堤」に見えるようなしろものです(苦笑)。
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忍城水攻めに際に石田三成が陣を構えたとされる「丸墓山古墳」に登ります。直径105m、高さ18.9mとかなり大きな円墳です。登ってみると18.9mは意外とこたえます。古墳群は5世紀から7世紀に造られたとされ、明治26年に将軍山古墳が発掘され、昭和10年と13年に大規模な調査が行われ昭和13年に国の史跡に指定されています。
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「丸墓山古墳」頂上から忍城方向を一望できます。写真に城は写っていますが小さ過ぎます(笑)。石田三成はここに陣を構え、眼下の田圃を一面の沼地にしてしまいました。恐らく映画での湖という感じではなかったでしょうが、忍城と外部との連絡の遮断しての兵糧攻めです。そういえば映画「のぼうの城」は東北震災の影響で公開が一年延びました。津波と水攻めの取り合わせが良くなかったのでしょう。
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「丸墓山古墳」からの「稲荷山古墳です」。以前に稲荷社があったので「稲荷山古墳」だそうです。全長120m、高さ12mの前方後円墳です。昭和12年の前方部分が壊され、平成9年からの復元で復活しています。ここから昭和43年の発掘調査でとんでもないものが発掘されました。それが表面に57・裏面に58の文字が刻まれた国宝の『金錯銘鉄剣』です。課外事業の子供達が登っていく列がみえるのですが…。