旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

北区

北(ほく)トピア・17階

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【馬鹿と煙は高い所へ上りたがる】という言い廻しがあります。本来の意味とは違って「危険な場所にわざわざ上ることを戒める」に意味に普通は使われるのですが…。その話はさておいて…。都内には無料で上がれる高い所が結構あります。今回は北区王子駅前に1990年にオープンした北トピア(ほくとぴあ)からの展望です。展望ロビーは17階なのですが、北区あたりは高層ビルも少なく都心や埼玉新都心に展望がききます。施設のHPによると【開館時間】08:30~20:00・【休館日】12/29~1/3(他臨時休館日有)とあります。モチロン無料です。 Pt↑)は新幹線の上下列車の交差した瞬間です。”鉄”の方々には当然、有名なスポットなのでしょう。
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Pt↓左)赤羽&埼玉県方面です。左側の緑は”名主の滝”の杜です。新幹線・京浜東北線・東北線・湘南新宿ラインの上下線の線路が一望です。全列車が1枚に収まる瞬間はあるのでしょうか? Pt↓中)恐らく足立区方面でしょう。とりたてての建築は見あたりません。 Pt↓右)都心方面です。スカイツリーや東京ドームが目立ちます。眼下の緑は桜の名所”飛鳥山公園”です。
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赤羽八幡神社

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上野公園の西郷像付近から始まる馬の背状の台地が日暮里・田端・王子と続き、”馬の背”の最東北端にあたりに『赤羽八幡神社』が鎮座しています。八幡宮となればご祭神は、応神天皇・父の仲哀天皇・母の神功皇后ですね。 創建年代等は不詳とあり、延暦年中(782-806年)征夷大将軍・坂上田村麻呂が東征の際に陣を敷いてこの三神を勧請したのに始まり、源頼光による再興、源頼政政による修造をへて、文明元年(1469年)太田道灌が社殿を再建したと郷土誌にはあるそうですが…。こちら赤羽の街は、明治以降は旧陸軍関係の施設の移転・拡張が相次ぎ”陸軍の町”として知られていました。神社の境内には招魂社や日露戦争戦歿者の慰霊碑が数多く残っています。
…それはさておき、神社付近は”鉄”の方々には有名なのでしょうが、神社境内の地下を「東北・北陸新幹線」・「JR埼京線」が走るという珍しい構造になっています。さらに境内からは京浜東北線・東北線・高崎線・埼京線・新幹線の線路が見渡せるマニアにはたまらない景色です。
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左)神社境内より。京浜東北線・高崎線・埼京線の車両が見えます。埼京線のさらに右が新幹線です。
中)鳥居の先にトンネルを出てきた新幹線が見えます。
右)下から見上げると、赤羽台トンネル入り口が見えます。トンネルの真上に神社社務所があります。
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霜降銀座商店街

shimo_01JR駒込駅から徒歩5分ほどで『霜降銀座商店街』の入口です。出かけた日が悪かったのでしょうか、多くの商店が休みのようでしたが、いわゆるシャッター通り商店街とは違うようです。商店街を進んで行くといつのまにか『染井銀座商店街』に変わってしまいます。この”染井”の地名は”桜=染井吉野”の発祥地とされ駒込駅前には記念公園があります。霜降商店街は旧古河庭園へ向かう本郷通りから縦方向に入るので意外と見落としがちになるようです。派手さこそありませんが昔ながらの買い物商店街といった様子です。この猫の感じから空気感が漂ってくるかと思います(苦笑)そういえば本郷通り沿いのラーメンの老舗”えぞ菊”はいつの間にか閉店していました。

shimo_02霜降銀座・染井銀座や駒込駅、旧古河庭園から飛鳥山までを範囲として5/11~5/27まで『名探偵★浅見光彦の住む町・ミステリーウォーク』なるイベントが行われます。”浅見光彦”を知らない方にはなんのことだか判らないでしょうが、『内田康夫』執筆の小説に登場する本業はルポラーターなれど何故か名探偵の主人公が活躍するお気楽小説で、TVドラマ化もされているそうです。その主人公が暮らす街の設定ですが、”街おこし”もここまで来るとなんでもありの云ったモン勝ちの世界ですね。個人的には架空の”主人公が暮らす街”に便乗したでっち上げ的イベントは胡散臭さとお金の臭いがして好きにはなれません。

北区‥王子装束稲荷

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毎年の大晦日に関八州の狐たちが大集合して関東総司の王子稲荷神社へ初詣に出かけるという伝承があります。狐たちはこの装束榎の根元で衣装を改めたとされ、その模様は安藤広重の浮世絵にも描かれています。この装束榎のあった場所に装束稲荷が設けられています。今でも大晦日の夜には装束稲荷から王子稲荷まで「狐の行列」が行われています。
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装束稲荷神社のきつねで、大変にスマートな体系をしたブロンズ製のきつね像です。右のきつねは「鍵」を左のきつねは「玉」を咥えています。石造りとは質感が異なりますが、とても良い作品だと思います。

王子稲荷の狐たち

ouji_1ouji_2このところ下町の稲荷社でちょっと変わった狐達を見かけることがあります。そこで関東稲荷総社の格式をもつ「王子稲荷」へも行ってみました。さすがに王子稲荷には様々な造形の狐たちが居ました。
写真左の上段の狐は「いなり幼稚園」側から山門を入った鳥居下に居ます。左の狐は「鍵」を踏み、右の狐は「玉」を踏んでいるようです。下段の狐は階段を登った鳥居の根元にあります。右の狐は「巻物」を咥え、左の狐は何もないようですが、残念なことに大事な尻尾が欠落しているようです。この狐像の姿が一番迫力があります。写真右の上から①・②は本殿奥の摂社にあります。鼻づらの造形が太く、直立した尻尾がなければ”犬”にも見えます。②の狐の頭には何か乗っかっていますが、烏帽子でも被っているのでしょうか‥?この更に奥には”狐の穴倉跡”なる祠があるのですが‥。かなり古いものとみえて網で囲ってあり造形もかなり異なった狐たちが居ますが残念ながら写真スペースが足りません。③・④の狐たちは神社の別な入口脇に居ます。③の右側の狐は”垂れ目”風でなんとも穏やかな顔をしています。写真④は左右とも子狐が足元に居ます。かなり風化が進んでいるので、恐らく以前は③の位置に居たのではないでしょうか(?)
王子稲荷さえでこの状態ですから、こうしてみると「狐像はこれ!」といった決まりはないようです。

王子稲荷神社

393兎の次は狐って訳ではないのですが‥JR王子駅約400㍍の市街地に鎮座する落語の『王子の狐』でも有名な王子稲荷神社です。創建は平安時代以前といわれ、関東稲荷総社の格式を持ち・・『[ここで云う関東とは東北も含めての東国三十三国をさします』・・毎年大晦日の夜のに各地の狐たちが集まり装束を改めると云う伝承があり、江戸時代は「狐火の名所」として有名とされていました。JR王子の駅を降りて直ぐに神社がありますが、こちらは東京十社の王子神社(王子権現)です。王子稲荷社は境内に幼稚園を併設しているため、ウィークディは写真の階段を登ることはできず、幼稚園わきの坂道から登ります。この階段を登ると本殿があります。本殿から右奥に進むと、江戸時代から伝わる「願掛け石」があります。願いごとを唱えながら石を持ち上げると、叶う願いであれば石は軽く感じるそうです。是非試してみてください。
※写真では見えにくいですが、吹き出しの狛狐は階段上の右側のあります。なにやら口に咥えています。
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