昭和11年の226事件に縁の場所…決起将校の墓所→旧陸軍刑務所と続きました。今回は国会議事堂の東側道路を挟んだ「国会前庭北地区」の憲政記念館です。この前庭地区は歴史に度々登場する場所で…。江戸時代初期には虎退治の加藤清正の屋敷、江戸寛永年間には井伊直弼の屋敷でした。有名な『桜田門外の変』は僅かな距離の警視庁前(桜田門前)でおこっています。明治年間になると「弾正台」が置かれ、明治24年に設けられた『日本水準原点』は日本国の高さの基準となっています。昭和11年ごろは憲政記念館付近に陸軍省と参謀本部が並び、向かい側に陸相官邸がありました。226事件では約160名の決起軍が陸相官邸を占拠してクーデーターの拠点となりましたが、現在では陸相官邸跡は議事堂の敷地に取り込まれ、道路も付け替えられ当時とは異っています。前庭内の”この地の由来”の碑にも事件についての記載はありません。いまはむしろ『相棒』の撮影現場といった方が判りやすかも知れません。
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