旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

北海道

支笏湖・秘湯・露天風呂

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【2019 秋北海道 終】 札幌市内から真駒内経由で1時間弱で支笏湖に到着。この湖は最大深度が約360mもある「日本最北の不凍湖」です。千歳市側湖畔には数軒のホテルが並ぶ支笏湖温泉がありますが、湖の反対側の湖畔に創業は大正4年という温泉ホテル1軒だけあります。昔から札幌の旦那衆がクラブのネェチャンとお忍びで来る温泉場として知られていたので、いつかはと思っているうちに歳を重ねてしまいました(涙)。Pt↑)が有名な露天風呂です。落葉の季節は掃除が大変だそうでちょうど落葉掃除が終わったばかりでした。
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午前の時間なので入浴客は少なく、フロントで¥1000(入浴のみ)を支払い館内を進みます。露天風呂は2ヶ所あり1か所は天然石で囲まれ温めの湯で足元から温泉が湧いています。風呂の水位は支笏湖の水位に合わせて変化し160㎝超の深さにもなるようです。内浴場は温め・中・熱めの3つの浴槽と露天風呂となっています。内大浴場から外露天風呂間は数十m離れていてマッパで歩くには寒く冬場は通路が凍結してしまうそうです。
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天候に恵まれれば内浴場の露天風呂の方が絶景です。本来は風呂場内部は撮影遠慮ですが入浴客が少ない時間だったので隠し撮り的に撮影しました(笑)。そんな事情から施設名は伏せますが良く知られた温泉ホテルです。ロビーには宿の歴史がパネル展示してあります。大正4年の創業は北海道ではかなりの老舗旅館と云えます。今回の行程では新千歳空港・万葉の湯(温泉)・更別温泉福祉の湯(温泉)・アポイ山荘(×温泉)・鵡川温泉四季の湯(温泉)支笏湖と立寄り湯は5軒と少なめとなりました(苦笑)。
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旭山記念公園・2019 秋

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【旭山記念公園・2019 秋】札幌市中央区堺川の「旭山記念公園」です。今年の札幌の秋は暖かく例年なら冠雪している手稲山に積雪はありません。ニュースをみると今年の秋は札幌や函館で大量の「雪虫」が発生したようです。雪虫って語感は良いのですが「けやき節アブラムシ」というこの季節に発生する昆虫です。大量に発生すると雪がチラついているように見えるので「雪虫」なのです(当然ながら中島美嘉の「雪の華」とは違います)。「雪虫」が飛ぶと数日で初雪、短い北海道の秋は終わり、雪の季節に変わっていきます。
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旭山記念公演は「旭山動物園」と混同されますが動物園は旭川です。札幌市創建100周年記念事業として1970年に開園、リニューアル工事期間を経て2009年に完了しています。公園近くに羆が出て立ち入り禁止の年もありました。秋らしく気持ちよく晴れた朝の札幌です。今回は風邪気味で新千歳~旭川~富良野~幕別~襟裳岬~鵡川~小樽~札幌、支笏湖経由で空港へTTL1000㎞の走行は例年の半分で終了です。年ごとに気力・体力の衰えを感じています。来年もこの公園に来られるでしょうか?
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JR札幌駅・北と南

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大学生の頃に訪れた札幌駅と今の札幌駅は別物と云っても良いでしょう。2003年の南口の駅ビル/JRタワーも完成は札幌の商業圏を大きく変えてしまいました。以前は札幌の商業圏は大通り公園近辺でしたが今や札幌駅付近の大丸デパート+複合商業施設+JRタワー+南口地下街の巨大な商業圏にシフトしてしまいました。確かに雪の季節のある札幌で外に出ないで買い物や食事ができるならそれに越したことは無いでしょう。そういえば記憶にあるだけでも薄野の松坂屋は複合商業施設に「五番館百貨店」は廃業、「そごう」はビックカメラへと、3軒のデパートが消えた街も珍しいでしょう(笑)。
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大きな変貌を遂げたのはJRタワーを擁する南口ばかりではなく北口も大きく変貌しています。昔の北口は如何にも裏口的に地味で駅前には観光バスの待機場、有名予備校が林立し「親不孝者」がウロウロしていました。頭の良さそうなのは「北大生」です。5分もあるけば多くが昭和の民家といった感じの場所でした。それがまぁ変われば変わるものです。 Pt↓1)朝の駅北口の様子、高層ビルは南口のJRタワーです。2)名だたる予備校はいまでもあるようです。3)南口駅前。正面はセンチュリー・ロイヤルホテル。最上階の回転レストランは今でも営業しているでしょうか?
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北大銀杏並木・2019

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『カラスの行水』という表現があります。カラスの水浴びがとても短い事から、風呂に入ってもすぐ出てきてしまう”入浴時間が短い事を例えた表現です。なんでもカラスはきれい好きで毎日きちんと水浴びをするそうです。カラスは国内どこでも見られる鳥ですが「毎日のように水浴び」といわれても見たことがありません。それが北海道大学構内で偶然にお目にかかりました。実際はもっとの集団だったのですがカメラを向けると飛び去り三羽ほど残っています。確かに早い!
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今さらですが北海道大学は札幌駅の北口から徒歩7分ほど。広い構内には明治9年(1876)創設時の札幌農学校時代の建物が残っています。この道を進み左に曲がって更に行くと札幌市時計台、北海道庁旧本庁舎と並ぶ観光名所と紹介される「北海道大学ポプラ並木」があります。最も時計台とポプラ並木は期待して訪れると100人が100人唖然としてがっかりするシロモノで、度重なる台風の被害を受けたポプラ並木は壊滅寸前という姿になってしまいました。
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さてお目当ての北大銀杏並木です。大学の北13条門から西へ約400mの道に70本の銀杏が植えられています。神宮外苑とことなるのは黄金色に色づく銀杏ばかりではなく赤や朱の紅葉が入り混じり、複雑に絡み合うコントラストを構成している事です。9月に大雪山に始まった紅葉の波が10月下旬には札幌へ押し寄せてきます。今年の夏が熱かろうと涼しかろうとこのスケジュールには狂いはありません。相変わらずの人出です。この道路は交通量が割と多く今年は車道との間に簡易フェンスが造られていました。【注)これらの写真は10/28に撮影しました】
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小樽の時間…(2)

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この景観が有名な「小樽運河」です。笑い話ではなくここでは画像の中に外国人(中韓)が写り込まない写真は不可能です(笑)。小樽の街が観光政策に特化している様は思った以上です。歴史ある建造物は「都市景観賞」なる勲章を持ったレストランに化け北一ガラス店近くの通りは鎌倉小町通り以上に土産店や食堂が軒を連ねるようになり、その店舗数は年々増えています。「北国」という語感、ノスタルジックな街並み、美味しい食べもの等々、観光地としての魅力が盛りだくさんです。一年を通して観光客で賑う街は北海道でも貴重な存在となっています(笑)。
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小樽運河は小樽が海運の街として栄えた時代に造られた海運作業の艀溜まりでした。小樽港が整備されると役目を終え観光スポット的な景観に変貌してきます。記憶では昭和40年代には運河幅も広く遊歩道などなく。橋の上からボーッと見ていたように思います。遊歩道ができ、街灯が整備され、夜間のライトアップや遊覧船まであります。小樽は大都市の札幌から1時間で全く雰囲気の異なる古のかおりが残る街です。誰であれ懐かしさに溢れた景観なのでしょう。
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運河遊歩道にはこの街をテーマとした歌の歌碑があります。石原裕次郎(1983)の  ♪夕陽とかした 海に染められて ♪  の「俺の小樽」とさらに古い1967年の鶴岡正義と東京ロマンチカの  ♪逢いたい気持ちが ままならぬ♪  の「小樽のひとよ」です。石造りの建物は「小樽市総合博物館運河館」です。明治26年の旧小樽倉庫を利用して小樽の自然や小樽の歴史が展示されています。無料の観光案内所は賑わっているものの博物館(有料)には誰もいません。小樽観光の現実です!
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小樽の時間…(1)

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いい天気なので小樽へ行ってみることにしました。小樽へ電車で行くのは本当に久しぶりで、JR札幌駅からは約40分(¥750)の距離です。道内でも函館・札幌・旭川駅などは駅の改装や改築が進み昔の印象は記憶でも薄れています。小樽駅舎は内部はともかく外観は変わっているように思えません。なにかとても懐かしい気持ちにさせてくれます。
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小樽駅ホームに石原裕次郎氏のパネルが飾られていました。2017年で閉館してしましたが小樽には「石原裕次郎記念館」がありファンのおばさま方で賑いました。裕次郎氏は父親の勤務の関係で3歳から6年間を小樽で暮らしたので小樽=第二の故郷=裕次郎記念館となったようです。「石原裕次郎」時の流れと共に当時を知る人が減っていくのはやむを得ない事です。
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小樽は坂の街。Ptは小樽駅から海方向です。駅後方には天狗山があり駅から坂道を海へと下る商店街やらあり、さらに下ると小樽運河や明治・大正・昭和期の歴史的建造物が多数あります。北海道の港湾として栄え、政治や経済の中枢が札幌へ移った後も例年市町村魅力度ランキングでは上位にランクする都市として人気があります。
Pt↓)は駅近の「三角市場」という築地場外的な商店街です。元々昭和20年代の小樽駅前の少数の露天から一般市民向けのる商店街となったようで最盛期には50店舗以上の店舗があったそうです。
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北海道庁旧本庁舎・朝

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通勤時間にはやや早い朝の「北海道庁旧本庁舎/赤れんが庁舎」のです。前項より15分程経過し旧道庁の建物に太陽光が溢れるようなりました。今日は快晴となる模様です。何故か旧道庁に来るのは初めてなのです。そういえば札幌でも藻岩山山頂、札幌ビール園、札幌ファクトリーなども「いつでも行けるから」とその機会を逸しています。現在、赤れんが庁舎は総工費78億円のリニューアル工事中です。外観はみられますが工事の完了は2023年3月(予)と4年後です。となると完成後の再訪は可能なのか考えてしまいます。
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約250万個のれんが使い、地上2階・地下1階の庁舎は明治21年(1888)に初代が完成し現在の新庁舎が完成するまで約80年間の年月北海道の道政の中心となっていました。昭和42年(1967)には国の史跡指定、昭和44年(1969)には重要文化財の指定を受けています。「札幌時計台」と「旧道庁庁舎」は札幌を象徴する建物であることに異論はありませんが…。
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Pt↓)の資料によると庁舎は明治21年(1888)にアメリカン・ネオバロック様式の建物として完成しています。明治42年(1909)に火事により建物内部と屋根を焼失してしまい、明治44年(1911)に復旧工事が完成すると外観がドイツゴシックスタイル変更されてしまいす。その後、建物の永久保存が決ると昭和43年(1968)のリニューアルでは創建時の外観に復元されています。まさに建物に歴史ありです。
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赤れんが庁舎への道

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面白いもので何年も何回も札幌の街は訪れているのですが、観光スポットとして知られていながらも行ったことのない場所があります。「旧北海道庁赤れんが庁舎」も通りかかるだけの建物でした。札幌駅から歩いても数分、駅前通りから北3条通りを曲がれば正面に見えてきます。確か庁舎前のビルには某航空会社札幌支店があってよく通っていたはずなのですがどうにも記憶が曖昧になっています。
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この通りは平成26年(2014)に江別産の赤れんがを敷き詰め「札幌市北3条広場/アカプラ」として完成、銀杏並木とライト・アップなどはいかにもの観光スポットとなっています。この先が赤レンガ庁舎の正門です。リニューアルのため2019年10月から休館となっています。Pt↓)正門前には昭和3年設置の「北海道及び札幌市の道路元標」があり北海道&札幌の道路はここを起点として始まっていることになります。
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アポイ山荘・2019秋

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襟裳岬から車で1時間、日高耶馬渓なる景勝地を過ぎた様似町にあるアポイ山荘です。太平洋を一望する丘の上にありアポイ岳への登山口ともなる宿泊と日帰り入浴(X温泉)施設です。晴れた日の太平洋の眺めはお気に入りの1ツです。今日は休養日なので風呂の入って昼寝しての一日にはずが、台風の影響で出漁できない漁師さん達で大賑わいでした。台風が小笠原沖あたりから海が荒れだし通過後もしばらくは海の状態は良くないのだそうです。敬老会なのでしょうか広間に10数人が集まって昼間からの宴会状態で酔うほどに大声になり賑やかを通り越してうるさい事うるさい事(!)。  様似町は地質学的にはユーラシアプレートと北米プレートがぶつかる場所といわれ「アポイ岳ジオーパーク」が売りなのですが、この「ジオパーク」ってやつが「嘘くさい世界遺産」ほどの認知度がないのが残念至極です。  Pt↑)露天風呂は強風でとてもはいっていられる状態ではありませんでした。
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襟裳岬・2019 秋

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襟裳岬・2019秋です。風邪気味の体調が悪化し襟裳では寝込むはめとなりました。10月末なのに襟裳岬は暖かくは夜でもストーブが不要でした。襟裳岬地区ではこの数日前からエゾ鹿猟が解禁となり、宿泊ホテルにもハンターの方々が宿泊していました。日の暮れた百人浜を走っていると道路を鹿の群れが横切っていきます。衝突したら車は当然大破で命の保障もありません。聞けばこの鹿たちはハンターの危険を感じると遥か山の方から発砲が厳禁されている民家の方へ避難してくるそうです。誰に教わった訳でもなくかなりの知恵ものです。
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写真では捉えることはできませんが風速10mを超える風が吹き荒れていてカメラを構えても風で飛ばされそうです。以前にはこの上空を金さんの飛行体も飛びましたが、この岬は低気圧の通り道で午前と午後で風向きが異なります。台風の影響がまだ残っているのでしょうか、海も荒れ気味です。去年も一昨年もその前の年も岬から見る景色はなにも変わっていない様な感で時の流れが穏やかな様な気がします。
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地図で見るとほんの僅かな距離ですが、えりも本町とえりも岬では約20分/2車の距離があります。国道沿いには”北緯42°地点”の標識が造られています。カーナビを設定すると”暫く道なりです”以降は3時間以上一言もなく故障かと勘違いしてしまいます。実際、新千歳空港からえりも岬は東京~静岡の距離に相当します。
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忠類ナウマン象記念館…(2)

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さすがに北海道だけあって「忠類ナウマン象記念館」は広い公園の一角に在り公園敷地内には記念館やJA忠類直売所やナウマン温泉ホテルアルコ236等が点在しています。Pt↑)のナウマン象記念館は化石発掘を記念して1988年にオープンしています。失礼ながら北海道・十勝・幕別町というには似つかわしく無いご立派な記念館です。資料によるとこの建物は中央のドームがナウマン象の胴体、左右の展示室が足の部分、正面玄関が頭部、玄関へ続く歩道が像の長い鼻と牙で全体として像をイメージしたとありますが、ごめんなさい!全く分かりません(苦笑)。
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Ptは記念館内展示のマンモス親子の復元模型です。新千歳空港近くの北広島市では1975年ごろに絶滅したとされるマンモスの臼歯が見つかっています。後年この発見の中にナウマン象の臼歯が混じっていると考えられ、約45000年前の北海道にはナウマン象とマンモスが共存していた可能性があったようです。そんなことから復元模型の展示があるようです。”シベリアで冷凍マンモスを発見”とのニュースを思い出しますが、こんなのが冷凍保存だったんですねぇ。何時もであればナウマン温泉で入浴休憩をして記念館はパスしてたのですが今回は施設点検中で入浴できず結果ゆっくり見られました。
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忠類ナウマン象記念館…(1)

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幾寅から先トマムICから道央高速で帯広芽室IC、さらに無料高速を走り忠類へ向かいます。無料高速区間は大樹町まで開通し帯広JCT~忠類は約20分程短縮となります。昨晩の地元ローカルニュースで「忠類で発見された化石たち~忠類ナウマン象化石の里帰り」の特別展が開催されているのを知りました。ナウマン象記念館の存在は知っていましたが、いつもは隣の「ナウマン温泉」へよ寄るばかりで入館したことはありません。せっかくの機会なので立寄ってみました。平日の午後の事なので予想通り見学者は誰一人おりません。
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Pt↑)は館内展示の全身骨格ですが当然レプリカです、足元に横たわっているのが今回里帰りした牙部分の化石で殆ど黒色です。ナウマン象化石は昭和44年(1969)7月に博物館から数キロ離れた場所で農道の工事中に骨格の70%以上の47個の化石が偶然に発掘されかなりの話題を集めました。発掘から50年を経過した今年、特別展として里帰りとなったようです。聞くところによると普段は札幌の博物館のそれも倉庫に保管されているようなので一般公開としては貴重なのです。象の化石の記念館とはパットした印象は受けませんが、見学してみるとこれがどうして”数万年前の北海道にはこんな輩がウロウロしていたのか””と感慨深いものがあります。
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南富良野・トラ駅

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旭川が寒かった分、富良野ではそう寒さを感じません。昨日から曇天で大雪山系の雪景色もなく、そうなると富良野には単調な景色しかありません。日本TVのドラマ「北の国から」が放映されたのは1981年10月から1982年3月まで2002年のスペシャル特番をいれても最終話から21年過ぎた事になります。ドラマに憧れた誰もが思い浮かべる富良野の景色(ほとんどは美瑛)が煌めくのは僅かな期間だけで圧倒的にはごく普通の北海道の田舎街です。富良野の曇り空には浅田次郎の作品で廃線間近のローカル駅の高倉健演じる駅長の物語と舞台なった幌舞駅(幾寅駅)の景色がお似合いです。
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そうは云ってもこの「鉄道員/ぽっぽや」の映画公開も1999年6月のことで遥か昔の感も否めません。映画の撮影もこの根室本線「幾寅駅」を改装して映画上の「幌舞駅」としています。駅舎内には映画撮影から20年が過ぎても関連展示が多く残されており興味深いのですが、駅舎に貼られた「熊出没注意 7月12日出没 南富良野町」にはドキッとさせられます。駅舎隣には撮影で使用された列車と駅前食堂も残されていますが、観光に特化した駅舎には売店はおろか人の気配すらありません。4・50年前ならこんな感じの駅は珍しくもなんともなかったのですが…(苦笑)。
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旭川・神居古潭

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旭川市と深川市の間、石狩川の急流がつくる渓谷が神居古潭(アイヌ語の神々の住む場所)とよばれる景勝地です。ずっと以前の国道は渓谷の近くを通り車窓からも見えたのですが、新道や高速道ができると国道12号線を走る機会もなくなりました。旭川から車で30分程度、頃は紅葉の見ごろという事でチョット寄り道です。写真では温度は判りませんがヒトケタ温度しかありません。川霧が晴れてすぐの時間で景色がボ~ッとしています。石狩川に架かる橋が「神居大橋」と呼ばれる吊り橋です。大橋の割には100名を超えると危険と表示がありますが早朝なので観光客もほとんどいません。
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石狩川はこの橋の下で「くの字」に曲がっていきます。地質的には1億数千年まえに隆起して生じた「神居古潭構造帯」の固い岩盤を石狩川の急流のにより浸食され造られたようですが、難しいことはさて置いてもこの景観を「神々の住む場所」としたアイヌ民族の感性が理解できるような気がします。埼玉の長瀞のような感もしますが…(笑)。
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神居古潭も数十年ぶりの訪問となりました。昨夜の夕食は旭川市内で昔ながらの「松尾ジンギスカン」を食べたのですが味付けラム肉+野菜の2人前にご飯とみそ汁をつけて¥3000超えです(苦笑)。昔は松尾ジンギスカンといえばバスツアーの昼食の定番で滝川の本店で¥800程度でした。時の流れを思えば無理のない事なのですが…。

旭川駅・朝07:00

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【秋・北海道2019】はJR旭川駅からです。この季節の旭川は16:00を過ぎると薄暗くなってきます。新千歳空港から道央高速で約3時間の北海道第2の都市(とは云っても落差は大きのですが)JR旭川駅舎は空港かと思えるくらい立派な建物です。Ptは朝の07:00、通勤時間前なので人の数も少なめです。数年前から旭川ラーメンが知られるようになったのですが、札幌系とはニュアンスが違うので苦手の人も多いようです。
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駅前広場からの買物公園方向です。昭和47年(1972)に日本で最初の試みとして造られた「常に歩行者天国」なのですが、いわゆる飲み屋街とは異なり一通りの商店が並んでいます。百貨店などの閉店が相次ぎ空き地とビジネス系のホテルが目立つようになりました。この時の外気温は5℃程度です。この散策が風邪ひきの元凶となるとは(苦笑)。
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街を歩いていて見かけた自動販売機です。ライオンとアザラシの顔が描かれたこの自販機の売り上げの一部は旭山動物園のあさひやま”もっと夢”基金に寄付されるそうです。旭山動物園は超有名な動物園となりましたが、以前はどこにでもあるような地味な動物園でした。それが今は…。関係者の方々には頭がさがります。

旭山記念公園・2018 秋

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【旭山記念公園・2018 秋】毎年、秋の北海道シリーズでは日程の初めか終りにはこの公園に来続けています。Ptは以前のモノではなく今回での撮りおろしです(笑)。千歳空港~日高~帯広~池田~大樹~浦河~平取~野幌~三笠~札幌と休養日もあり年々走行距離は減ってきていますが、今回は天候が最悪で青空背景のPtが少ないのが如実に物語っています。この朝は10時頃までは晴れ間が広がるとの情報で、滞在ホテルからここまで10分/車、急いでやってきました。眼下に札幌(中央区)が広がります。写真では無理ですがJR札幌駅も札幌テレビ搭もすすき野ビル街も月寒の札幌ドームも…。お気に入りの景色です。
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それにしても今年はガソリンの高かったこと!北海道ではゲージ半分で給油を心がけますが、ℓ=¥150の後半です。これでは日常生活に影響がでてくるでしょうね。この朝の札幌は13°とこの時期にしては異様な暖かさです。例年なら夜間の峠道は凍結注意、スタッドレス・タイヤへの交換が話題になる時期なのですが、えりも岬ではストーブのお世話になりませんでした。そういえば車の暖房も使いませんでした(苦笑)。
スマホ搭載のカメラの性能が向上し、カシオですらデジカメから撤退する時代となってしまいました。スマホではどうしても広大な景色を収めるとなるとスマホ搭載では役不足の気がします。Pt↑)カシオ・コンデジの広角19mmで撮っています。一眼並みにはなりませんが何とかなっています。Pt↓)はカシオ・コンデジの望遠系200mm~300mmで撮っています。すすき野中心部のビル群や手稲山山頂に雪がない様子が捕らえられます。実際は手振れしてボケボケの写真なのですが、何とか絵になっています(笑)。
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札幌・2018 秋…(2)

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時刻は07:24分早朝の街歩きにでかけます。この晴れの天気は長続きしませんでした。札幌の中心に東西1.5㎞続く『大通公園』です。学生時代の最初の札幌訪問はこの公園で野宿でした。懐かしい思い出ですが今でもそんな輩はいるのでしょうか?大通公園は「日本の道100選」・「日本の都市公園100選」・「都市景観100選」・「日本の歴史公園100選」と”勲章”が盛りだくさんです(苦笑)。いい加減にこんな”勲章”は何の意味も持たないお役所仕事だと気付かないのでしょうか。
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北1条通りに面したレトロな風情の建物は「探偵はバーにいる」の映画にも外観が登場する『北海道警察中央警察署』です。玄関先のPOLICEの看板がなければ警察署とは思わないかも知れません。幸か不幸かこちらでお世話になったことは一度もありませんが、あの頃(何時だ)すすきので知り合った人達はどうしているのか懐かしくなることもあります。札幌の風俗はスポーツと同じで実にあっけらかんとしていました。そして帯広ではその日灯が消えていないようです。
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朝の07:30の狸小路は通勤の人たちが行きかう時間前のようです。以前は飲食店や物産展が店を連ね健全なショッピング街だったのが、昨今はすっかり外国人がウロウロする街となりました。数年前からは札幌の商業施設はJR札幌駅方面に移ったような気がします。まだ雪の季節でもないのに毛糸の帽子、マフラー、手袋、ダウンジャケットのフル装備は明らかに外国人です。特に中国の女性は赤系の服が好みなようで、それも鮮やかな赤ではなく、くすんだ薄汚い赤の服はかなりの確率で貧乏中国人で間違いありません。
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狸小路4丁目の反対側。あれれっ何か足りません。サン・デパート(最近はドンキホーテ)のビルと昔からそこにあるのが当たり前だった老舗のお菓子屋、千秋庵のビルがありません。おそらくは建て直しなのでしょうが、今の時期にこの状態で雪が降る前に完成するのでしょうか?千秋庵札幌は大正10年(1921)の創業だそうで、当たり前のようにあったのは当然です。倒産した訳ではないので、実は銘菓(味はイマイチ)のミルク煎餅・山親爺も滅びることはないようです。
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すすきの交差点(中央区南4条西4)です。考えてみると夜の写真は何回か撮っていますが、早朝てのはそうだったでしょう。有名なヒゲのオッサンのデザインは昭和40年発売の「ブラック・ニッカ」のラベルデザインで大高重治という方のデザインだそうです。因みにこの看板は昭和44年に初代が設置され平成14年からは3代目となっているようです。夜見たら照度を落としいているようですが。北半球で災害の繁華街(?)のすすきのシンボルですから景気よくです(笑)。


札幌・2018 秋…(1)

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今回は晴れ間は覗くことは有っても終日晴れの日はありませんでした(苦笑)。日高でも十勝でも襟裳でも紅葉の名所はことごとくの雨模様。せめて北海道大学くらいはと、地下鉄北12条から勇んで構内へ…。北大の銀杏並木はそこそこに良い感じでした。例によって中国人民の多い事(!)。どういう情報なのか、この季節にしては異常なほどの厚着なのですぐ判ります。英語で話しかけられて、うかうかスマホで撮影の手伝いをしたら、次から次と中国人が集まってきて、馬鹿野郎!俺はお前らのカメラマンではない!オマケに妙なポーズをとりやがって(笑)。
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札幌の中心地のコンビニはローソンが多いのですが、今回も行程中にさんざん利用したのが、そのほとんどが北海道内にあり独特な店舗展開をしているセイコーマート略して「セコマ」です。北海道では唐揚げの事を「ザンギ」といいますが、セコマにはいろんな種類のザンギがあり、かつアツアツです。やや高額のオニギリは他のコンビニに比べて大きく暖かく旨いのです。事情は知りませんがお気に入りのアップルとオレンジにジュースが販売中止状態なのが残念至極です。Pt↑)は北大構内のセコマです。通常店に比べてオシャレな店舗です(笑)。
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北大構内にある「北海道大学総合博物館」です。この建物は北大構内での鉄筋コンクリート建築としたは最も古いそうです。2016年に展示内容を含めリニューアルされたのありました。確かに館内は小奇麗さを感じましたが、以前の雑然とした展示が建物の雰囲気に合っていた気がします。大学の博物館となると自己満足的な展示が多いのですが、北大の展示は多岐に渡りそこらの自治体博物館より内容充実です。それにしても北大といい東大といい老巧化した学舎が多いのは何故なんでしょうか(苦笑)。
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校内の「Boys Be Ambitious」のクラーク博士の銅像です。この名言には後に「Like This Old Men」が続き「少年よ大志を抱け、この老人のように」が全文です。この先生はマサチューセッツ大学に在籍中、1年間の休暇を使って来日、北大で教鞭をとったのは僅か8ケ月。こうなると教わる方も大変だったでしょうねぇ。私の高校時代の英語の先生には「たった一年で酪農は教えられる訳はない。帰国後は鉱山投資に失敗して破産している」などと”クラークその後”を教わり、今でもこの像を見るにつけその話を思い出します。
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10月下旬の札幌は17時前で真っ暗となります。夏時間とは90分程度違うので旅行計画には注意が必要です。2019.9.6の胆振東部地震以降、北海道の観光需要の減少が懸念され、航空会社では「北海道復興支援」を掲げた割引運賃を導入するようです。実際は10.20以降の北海道は観光需要が極端に落ち込むので、復興支援割引と云われてもねぇ~。すすきの交差点のニッカ・ウィスキーの電飾は照度をかなり落としています。が、消えてはいません。すすき野は賑やかでした。

珍しい郵便ポスト…15

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2016年11月の【珍しい郵便ポスト…04】で掲載した「JR札幌駅南口広場の交番隣に設置された郵便ポスト」です。公共性のある郵便ポストですから撤去されることは無いとは思いますが。大丈夫。現役活躍中でした。平成13年(2001)に「郵政事業庁発足と丸形ポスト誕生表年」を記念して設置された郵便ポストです。全国に一つだけと自慢げに書かれていますが、確かに他で見かけたことは有りません。ソーラーパネルを装備し、夜間は郵便ロゴなどにイルミネーションの仕掛けが施されています。このPtは17時頃の撮ったのですが、まだ電飾は稼働していませんでした。実際の所、JR札幌駅前広場は結構広く、ましてその片隅では見つけにくいかも知れません。さらに夏場はともかく雪の時期はわざわざこの場所まで投函にいくものでしょうか?疑問です(苦笑)。

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北海道神宮・2018 秋

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札幌市中央区宮ヶ丘の『北海道神宮』です。地下鉄東西線の円山公園駅が最寄駅、鳥居を抜け神域に進みます。円山公園は自然豊かな公園でキタきつねやたぬき、りすの姿も普通に見られます。関東の人間には”雪の季節さえなければ羨ましい環境です。行程の都合で今回も神社へは車でとなりました。参拝者の駐車料は無料で本殿までも近いのですが、緑に包まれた参道を歩くなら地下鉄利用がお勧めです。
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北海道一之宮の『北海道神宮』は69明治2年(1869)年明治天皇の命により創建され、当初は「札幌神社」で、昭和39年(1964)に明治天皇を合祀して『北海道神宮』に改めています。北海道開拓時代にはロシア帝国に対しての”北の守り”を担い、大鳥居はロシアの方向に向いています。神社には大国魂神(おおくにたまのかみ)・大那牟遅神(おおむなちのかみ)・少彦名神(すくなひこなのかみ)の開拓三神と明治天皇が祀られています。大那牟遅神は大国主命の別名なので”いつもの”メンバーです。境内社の「開拓神社」には間宮林蔵ら開拓の功労者37名が祀られています。
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