旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

CD棚を探してみると

ティム・ボガード さらば爆音Bass

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昨年12月にレスリー・ウェストが逝ったばかりというのに、今度はティム・ボガードとは…。それも盟友のカーマイン・アピスがFacebookで発表なんて…。1944.年生まれの76歳、癌で闘病中との事でしたがこうも続くとガックリきます。バニラ・ファッジの1作目で「なんじゃこれ」のベース。4作目の【ニア・ザ・ビキニング】のブレイク・ソングでのアピスのドラム・ソロとボガードのベース・ソロは「すごかったなぁ」…(笑)。2002年にジョン・エントウィスルが20014年にジャック・ブルースが逝きこれで【爆音ベース三人衆】がみんな逝ってしまったことになります。 【Pt↑はWebより】
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日本での人気はやっぱりあのババァならぬ BBA=ベック・ボガード&アピスでしょうね(苦笑)。ベックの交通事故で結成が1年遅れたとはいえ、たった1枚のスタジオ盤と日本限定のライブ盤で極々短命に終わったですが,、LPの帯には「クリームを超えた世界最強のロック・トリオ~」とあるのですが、どうしてもベックの本気(特にライブでは)を感じられません。協調性など皆無のボガードとお山の大将のベックでは短命なのは当然の結果です。頚になったのはベックの方では(笑)。
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Ptは代表的なブートで、来日公演寸前の1973.04.26のシアトル、1973.05.14の東京・武道館、1974.01.26のロンドン・レインボーです。3人編成のバンドとは思えないほどの音圧です。オフシャルはスタジオ盤と1973年の大阪厚生年金会館でのライブ盤です。ベックが日本のみの発売をOKした貴重なBBAライブです。世界水準で出せる価値がないとの判断でしょう。サイズが大きいのが演奏順に並べ直した再発盤ですがカットされた曲は追加収録されませんでした。
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ヴァニラ・ファッジとBBA中間がカクタスです。ベックの交通事故での繋ぎ的存在です。1作目のやばい絵のジャケと音圧の凄まじく、ジム・マッカーティの硬質なGとボーガード・アピスの馬鹿野郎リズム隊が印象的でした。BBAはこの延長線ですがボーカルの弱さはどうにもなりません。ベスト盤以外はライノ・ハンドメイドの恐ろしく高額なCDで、1枚だけ再発でお安くなったブツが入っています。
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ヴァニラ・ファッジは1966年にマーク・スタイン、ヴィンス・マーテル、ティム・ボガード、カーマイン・アピスでBeatleやR&B等を斬新なアレンジで発表「キープ・ミー・ハンギング・オン」は大ヒットしました。メンバーの変遷を繰り返しバンドとしては継続しているようです。残念ながらCDはヒット作以外は廃盤になっています。特に4枚組のBoxSet(中央)は中古でもとんでもない価格で、それ以上に大変なのはオリジナルCD集めかも知れません。
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高校時代にヴァニラ・ファッジの1作目を購入した理由はよく覚えていません。1曲目が「涙の乗車券/Beatles」とシングル盤と異なる「Keep Me Hanging On」、1作目ではリズム隊も大人しいもので(苦笑)。2作目【Beat Goes On】と3作目【Renassance】は徐々にエンジン全開、4作目ライブ盤【Near The Beginning】でのLP片面フルの「Break Song」の凄まじいこと(!)。後のカクタス、BBAの原型といった感じです。第1期最後の【Rock & Roll】はあまり印象がなく、つづく『カクタス』の凄まじいまでの疾走感(1作目のジャケ写は良く採用されたものです)はあきれ返るほど(笑)。『BBA』はベックの経歴からすると汚点なのかも知れませんが、ボガード&アピスのどんなGと演っても我を押し通すリズム隊は間違っても(あり得ませんが)一緒には演りたくありません(笑)。

ナンタケット・スレイライド

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2021年01月。最近レスリー・ウェストの動画がYouTubeにやたら掲載されているので妙だなと思っていました。どうりでレスリー・ウェスト(レスリー・ワインスタイン)は昨年2010年12月23日に亡くなっていました。1945年生れなので享年75歳です。全盛期は関取並みの巨漢、後年は糖尿病の悪化で右足切断までしているので心配でしたが、また一人ギターヒーローが逝ってしまいました。ハウリング(フィードバック)を絶妙にコントロール、ピッキング・ハーモニックス、バイオリン奏法と巨体に似合わない繊細な音色が特徴でした。Pt↑)はWEST, BRUCE & LAINGで来日予定がジャック・ブルースのドタキャンで急遽「マウンテン」が再結成されての武道館公演の初日ブートと大阪公演のオフィシャル盤です。
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Pt↑)1973年8月25日の武道館公演のブート2種とオフィシャル盤の大阪公演です。オフィシャル盤は紙ジャケ再発盤「異邦の薫り」では曲順はLP盤に準じ、最初CD化のADD盤では1CDに演奏曲順で収録されています。ブートでは当然演奏順です。30分を超える”ナンタケット”は無責任な評論家により「退屈の極み」とか「拷問」とか散々の云われようでした。次々と変化するベースのリフに反応して発展させていくメロディアスで繊細なギターソロを冗長だとか退屈だとか評したのはどこの馬鹿でしょう。武道館公演は酔っていたのかあの巨体が寝転がるなどの姿が強く残っていますが、歪まくりのフェリックスのベース、レズリーのレスポールJrの音色。ひたすら「すんげぇ!」の大興奮でした(笑)。
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白黒のテレビ画面に映るカーリー・ヘアの巨体、フロントが外された"ギブソン・フライング V"でのRoll Over Beethoven(記憶曖昧)に圧倒されて買ったLPがフォーク・ソングのハード・ロック仕上げのような「Climbing」。Pt↑)上段はA面がライブ音源の「悪の華」。この音源は上左の「Fillmor East Last Day」Box Setに編集前の演奏が収録されていますが、マウンテンのライブでは最高のデキだと思います。下段左のBest盤にはレアな長尺のStormy Mandayのライブが収録されています。左はオフィシャルなれど良く判らない盤でジャケがチープです。
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左Pt↑)上段右は17分の”ナンタケット”が収録されたライブ盤「暗黒への挑戦」です。録音場所がバラバラなので「やっつけ仕事」なのかも知れません。この”ナンタケット”が一番好きです。左がそのナンタケット以外の演奏曲が収録されたブートは極々普通のブートです。下段左は正体不明のブート。右はFM音源のオフィシャル盤ですが”ナンタケット”の編集が雑です。
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レスリー・ウェスト(マウンテン)にはVol 16で完結する(?) 『Official Live Mountain Bootleg Series』があります。音質も音源もバラバラです。フェリックスとのMOUNTAINあり、レスリーがMOUNTAINを名乗っているのもありで一貫性はありません。このシリーズの最後の1枚を手に入れるのに5年以上かかりました。不定期発売で最後の1枚は発売元にも在庫なしで「存在が疑わしい」まで書かれたブツを某中古店で発見した時は大笑した記憶があります。最近はダウンロード版でウッド・ストックの完全版のMP3があるようです。
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レスリー・ウェスト(マウンテン)はクリームにプロデュサーだったフェリックス・パパラルディがレスリーを発掘して結成したバンドです。絶頂期(1969~1972)でのフェリックスの妻のゲイル・コリンズ作のLPジャケも印象的でした。そのフェリックスも1983に妻のゲイル・コリンズに射殺されるのですから世の中判らないものです。Pt↑)は数年前に珍しく予約・大人買いしたマウンテン紙ジャケ(この時期のSONY渾身の出来です)。元々「マウンテン」はルスリーのソロ・アルバムのタイトルでそのままバンド名となっています。フェリックスと別れた後のレスリーは多くの作品を残していますが、商業的には成功したとはいえないのが残念です。さようなら レスリー・ウェスト!

そんなエディに騙されて!

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[2021年01月]またListen To ThIs, Eddieが送られてきました。Pt↑)上段は某店舗の購入特典として登場したCDRがプレス盤に昇格したものです。2010年後半には立続けにEddie新作が登場し、流石に3作目となるという事でギフトCDRだったのでしょうがどういう事情でか昇格した模様です。下段左も恐らくCDRからプレス盤へと昇格したものと思われます。下段右は恐らくどちらかのコピー盤CDRと思われます。普通に聴く分には全く判りません(苦笑)。
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マニアには今さらですが、Led Zepplinの1977年の北米ツアーからはブートの世界での名(迷)作品が残されている事は有名です。1977年の北米ツアーはロバートの喉が破綻寸前の最後の輝きで、7月19日からの西海岸公演は伝説のブート録音者の音源、とりわけ7月21日のロサンゼルス・フォーラム公演は【Listen To ThIs, Eddie】として知られる優良音源で、昔々から手を変え品を変えてブート市場に出回ってきました。最近、元々の元となった音源がWebに登場、各ブートメーカーは挙って新作を登場させています。Pt↑)は西新宿某店舗のモノで、下段は2019年12月登場の紫ジャケ(仮)で、上段の2作品はそれから1年もしない2020年10月に怒涛如く登場した3作のうちの2作品です。
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Zepブートファンには一家に数枚の【Eddie】は必ずあるものです(笑)。当然ながらCD棚には数点ありました。3時間かかる3枚組の【Eddie】を聞き比べなんざぁとても出来ません。製作者が進化していると云っているので、素直に騙されてみるのも一興です(笑)。まったく何年繰り返されて来た事でしょう。 上の左の赤いヤツは【MikeMillard Unmarked 1St Gen Cassettes Tansfer】とある数年前の作品です。右の黒いヤツ【The First】は【紫のヤツ】以前は「最強の座」にあったようです。下段の2点は販促用のオマケCDと思われます。
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追加の2枚は、ブートの価格破壊(?)の西新宿某店の¥1000ブートってヤツです。左が【Eddie】、右がこれも名音源の7月23日【For Badceholders Only】です。次に来るのはこれかと…。ブートに「バンド公認の音」など在る訳ありません。ライン録りor隠し録りの好み等々は個人の好みで、どれだけの音楽体験をしてきたかで異なるものです。ブート10枚買ってもにあたりは1,2枚の時代に比べれば夢のような話です。オフィシャルよりその当時の音を再現しているブートなんかザラにある時代なのですから、制作技術の進歩は恐ろしいくらいです。
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またまた【Eddie】の新作が登場しました。1枚は某店舗の販促用のギフトでヤフオクでは結構な値が付いていました。”こんなのあるぞ!”と友人から送られてきたのが、CDRでの6枚組。同じ音源でも編集が違うというヤツです。まぁすぐにCD棚の隅で忘れられるでしょう。ほんの数秒が初収録とか中間の数秒を他から補填とかの情報がありますが、ここまで進化すると聴いている分には気が付きませんが、音が良くなった分結構ダラケた演奏が耳についてしまいます。 調べてみると1977年の北米ツアーは4月1日にダラスから始まり6月14日がNYC、19日がサンディゴ、21日~27日がLAで怒涛の6日間公演。アクシデントで終盤の5公演が中止となるものの、若いとはいえ3時間公演を良くこなしたものです。
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Box setはお買い得?…(16)

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赤と黒の店では時々エッと思うようなブツに出会います。【Wllie Nelson Original Alubum Classics】なる5枚組Box Setもこんな感じです。最近はこのCOLUNBIAレーベルのBoxは廃盤になったのかあまり見かけません。T店舗では普通の価格なので中古5CD/¥1300別は取敢えず購入です。Willie Nelson (調べたら87歳)はアメリカを代表するカントリーミュージックの大御所で鼻詰まりの極致のような歌声、買い替えなよ言いたくなるボロいギター個性的といえば個性的です。Boxには 1)  The Troublemaker(1976) 2)  From Willie to Lefty(1977)  3) Stardust (1978) 4)Sings Kris Kristofferson(1979) 5) Tougher Than Leather(1983)の5CD内容です。
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カントリーは苦手部類なのですが「絶対にいやだっ!」という程でもありません。CD棚を探したらこんなのがありました。1)SONYミュージックお得意の【エッセンシャル・シリーズ・2CD】41曲です。やはり捨てたものではありません。2)【& フレンズ】は2003年のライブ盤でECやらポール・サイモンやらZZトップ参加です。3)FM音源ですが1979.年のリオン・ラッセルとのライブ2CDです。だみ声対だみ声はいい味です。4)【スター・ダスト】30周年記念盤。問答無用です!。
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Willie Nelson Boxと同様な経緯で購入した【Carole King Original Alubum Classics】の5CD Boxです。毎度の事ではありますが化け物アルバムの【Tapestry /つづれおり(1971)】は入っておりません(苦笑)。1960年代には作曲家として名作を残し、1970年の歌手デビューからの5作品 1)Write (1970)  2)Music (1971)  3)Rhymes and Reasons (1972)  4)Fantasy (1973)  5)Wrap Around Joy (1974)がBox 1です。2作目の
Tapestry前後の傑作全部入りです(笑)。
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Pt↑)に続く第2弾のBoxです。キャロル・キングは16歳で作曲家として活動を始め30歳を過ぎてから演者としてでデビュー、80歳近の今も現役の化け物みたいなおばさんです。【The Essential Carole King】はCD1が微妙な選曲のBest盤でCD2が作曲者としての提供曲なのですが「エッあれがない」といった感じの微妙な選曲です。因みにニール・セダカのヒット曲「かわいいキャロル」はキャロル・キングのことで(CSN&Yの「蒼い眼のジュディ」はジュディ・コリンズのこと)です。
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ビートルズもカバーした「チェインズ」やグランド・ファンク・レイルロードのカヴァーの「ロコ・モーション」に至っては沖縄のガキバンドがパクったりしています。Boxセットにはライブ盤はともかく【Tapestry /つづれおり】が入っていませんが、こちらはDx盤があるという事で。Pt↑)左は【In Concert】、中央↓が【The Carnegie Hall Concert June 18,1971】、右が【Living Room Tour】のライブ盤3種類です。殆どがP・G・Bの小編成です。
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こんなのもありました。【wilson pickett original album series】の5枚組のBoxです。1960年代にジェームス・ブラウンと並ぶ人気だったウィルソン・ピケットのBoxがあるなんて。Waker Brothersの「ダンス天国」はこちらのオリジナルです。中学生の頃ラジオで聞いていたはずなんですが。JimiやEricの方に行ったのであまり記憶がありません。オーティスはあるのでジェームス・ブラウンBoxでも探してみましょうか(笑)<

Box setはお買い得?…(15)

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ジミ・ヘンドリックスの【ライヴ・イン・マウイ・完全生産限定盤・2CD+BD】をDocomoポイントで手に入れました。日本盤が¥6600、輸入盤が¥3800と困ってしまう価格です(苦笑)。記憶にある映像では、風が強くバンドは集中力欠ける演奏だったのですが…。さして珍しい音源ではないのでBootを凌駕する内容を期待しますが、元がもとですから…。Pt↑は権利関係で写真が使えない(?)だろうイラスト・ジャケは、1st Showが10曲、2nd Showが8曲のキツメの音質でかなり以前のモノです。最近の某店舗のブツはアナウス等を含む音質は進化しての1st Showが11曲、2nd Showが9曲です。
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Jimiの死後、数々の音源が登場したり古い音源がリストアされていますが、Jimiについては驚きのライブ盤は無いようです。Pt↑)の【The Jimi Hendrix Concerts】と【Hendrix in The West】は寄せ集めライブ盤ながら両CDとも出来の良いライブ音源集です。この2枚は「上」の部類です。
Concertsは廃盤、in The Westは後年の再編集盤では音源差替えがあったりしていますが、Johnny Bからのが旧盤はいまでもお気に入りです。
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オフィシャル盤でもオリジナル盤、拡大盤、リストア盤とありブート盤や正体不明盤まで入れたらどれだけの作品があるのでしょう? Pt↑)は1968年10月10・11・12日のWinterland 3daysの2公演の計6CDのBoxセットです。№ 2000/1638とありますが当然ガセでしょう。Winterlandは後年.エディ・クレイマーによる4CD Boxが登場しましたが、枚数が多い分ボツ曲も収録されています。普通に聴く分にはオフィシャル4CDからのダイジェスト1CDで充分かと思います。正直にいうと6CD Boxは数年前に1回聞いただけです(苦笑)。
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Winterland 6CDと同様に1969.12/31、1970.1/1のBand Of GypsysのFillmore Eastの6CD Boxです。№2000/1699とガセ番号があります(苦笑)。個人的にはJimiの経歴ではGypsysが最強と思います。オフィシャル盤はWinterlandと同様にオリジナルCDから始まって5CD盤迄拡大しますが、やはり1CDに凝縮されたCDで充分でしょう。このBand Of Gypsysは最初のLP盤ではボロクソ評価だった事を思い出しました(苦笑)。

Box setはお買い得?…(14)

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【An Easy Introduction To The Bluse】なる良く判らないレーベルからのCD8枚(15作品)のBoxです。名盤が多いのでBBやMuddyなどダブリ所有のモノもあります。箱書きには24Bitのデジタル・リマスターとありますが、正直「そうなんだぁ」としか思えません。このてのブツはタ●ーレコードの廉価盤コーナーでしか見られないもので、単独のCDだったら手はださないでしょうが、考えてみれば我々世代のギターヒーロー達が必死にコピーしてきた作品ばかりです。
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元が古い録音ですから輸入盤レコードを聴いていた時代をの思えばどうという事はありません。この【MUDDY WATERS / TIMELESS CLASSIC ALBUMS 】はホントかウソか32bitデジタル・リマスターだそうです。今でも¥2000以下で購入できるはずなのでブルーズ入門用の安全パイとしては最適です。1)The Best Of Muddy Waters 2)The Real Folk Blues 3)More Real Folk Blues 4) Muddy Waters Sings Big Bil 5)Muddy Wateters 名盤ぞろいなので中古ではよく見かけます。何故なのかThe Best Of Muddy Watersだけが高額例が多いので他の4枚はオマケと考えれば超お買い得です。
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AmazonやHMVやTowerで普通に売られている【Real Gone Musicレーベル】のBBの初期レコード8作品をCD2枚に押し込んだブツは大変に重宝しましたがさらにその上を行ったのがPt↑)の10枚組、2380円/1枚238円(当時)のBoxです。詰め込みなしの初期8枚に+2枚でボートラが付けられています。惜しむらくはオリジナル・ジャケデザインではないくらいで、これで充分ですリーガルと日本公演を安く買い足せばBBのすごさが堪能できます。
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こんなのもあります。【Otis Redding 5cd Original  Album Series Box Set】、これはPt↑)Vol.1で、Pt↓)がVol.2です。
1)Dictionary Of Soul (1966) 2)Otis Blue (1965) 3)Pain In My Heart (1964) 4)Sings Soul Ballads (1965) 5)The Soul Album (1966)ヤバイよヤバイよの名盤ばかりです 。この全作品が全米チャートの上位です。今から思えばこんな音楽が自分の廻りに溢れていた時代でした。
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OtisのBox SetのVol2には 1)Live in Europe (1967) 2)Dock of the Bay (1968) 3) in Person at the Whiskey a Go-Go (1968) 4) Love Man (1969) 5) Tell the Truth (1970)の5作品が収録です 。Otis Redding は1967年12月に26歳の若さで航空機事故で亡くなっています。Vol1と2で稀代の天才シンガーの作品がほぼ手に入るのですからこれは絶対的なお買い得です。最大のヒット曲  Sittin' On The Dock of the Bayは高校生の頃だったかなぁ。あの歌声とギター(Steve Cropper)は衝撃でした。

Box setはお買い得?…(13)

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Amazonの通販購入のKiss 【Set The World On Fire】なるCD10枚組です。1枚がAce Frehleyのソロ・ライブで他は1974~1944のFM放送音源、気になるお値段は10枚組で¥3189です(笑)。Amzonの通販なのでB盤ではないのでしょうがレコード会社(MCPS)とあるだけでその他の解説記載は一切ありません。CDの紙ジャケ(?)には収録日と曲名がありますがコンサート全曲なのかダイジェストなのかも判りません。音源はFM音源なのでそれなりですが、迫力面ではB盤より劣るようです。まぁ1枚当たり¥319ですから(笑)
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記憶が曖昧なのですが、連れて行かれたのが(確か)中野サンプラザ。ステージにはギターがずらりと並んいるだけでバンド編成はなし(!)のG二人とパーカツだけでのコンサート。ライ・クーダの名前は知っていてもデビット・リンドレーなんて知りもしません。ライ・クーダのコアなファンの友に”聞けぇ”とさんざん言われていたもんでこのBOXを機会にエイヤッで購入。LP作品は何枚かあっても1970-1987年の作品が11枚入りとは(笑)。ホンワかしたスライドは流石になのですが、1年を通して聴いているには辛いものがあると思いますね(苦笑)。
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200902_06
正式な活動期間は1964年から1973年と約10年なのですが、メンバーに変遷が激しくそのたびにスタイルがコロコロと変わる「風見鶏」的なバンドです。フォーク・ロックの雄と評価されていますが、所詮はビートルズになりたくてビートルズ並みになれなかった二流バンドといってもいいでしょう。契約関係が緩いのか多数のBoxセットが売られていますが、オリジナルCDが13枚入って格安のこのBoxセットがお勧めで救いは何点かの「傑作」があることです。
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200902_04
アメリカには伝統芸能的な化け物バンドがいるものでこの『ZZトップ』は間違いないでしょう。1969のに結成から現在までメンバー(3人)は不動で、よくも悪くもハード・ブギ一辺倒(!)かと思えばシンセやらシーケンサーを導入するなど新しもん好きでもあります。アメリカでは長距離トラック・ドライバーに絶大な人気があるそうでZZの曲を大音量で聴きながら爆走は想像しただけでも楽しそうです。1970年の「ZZ Top's First Album」から1990年の「Recycler」までの10作品が収められています。日本では人気バンドとは言い難いので集めるとなったら手間と時間が必要でしょう。

Box setはお買い得?…(12)

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ジョニーとエドガーのウィンター兄弟のBoxです。ジョニー・ウィンターBoxは1969年の「ジョニー・ウィンター」から1974年の「テキサス・ロックンロール」までの5枚ですが、何故かリック・デリンジャー、マッコイズと組んだ「ジョニー・ウィンター・アンド」は入っていません。まぁLIVEが有るから良しとしましょう。弟のエドガーのBoxは1970年の「エントランス」から1973年の「ゼイ。オンリー・カム~」の4枚と1976年の兄弟共演盤の「トゥゲザー」が+されます。ブルースを基盤とする兄貴に対してR&B系の弟のはずが、ロニー・モントローズと組んだら兄弟そろって大ロック大会になりました。兄貴のジョニーは2014年に亡くなりましたが、エドガーは存命のようです。
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【テッド・ニュージェント】5枚組BOXを入手したのは安かったからです。1975年の「閃光のハード・ロック」から1980年の「スクリーム・ドリーム」までの6作(例によって1979年の4作目は欠)が入っております。ハード・ロックにしては”ギブソン・バードランド”を使っているのは珍しいですね(笑)。勢いだけで押し切るアメリカンハード・ロックは苦手の部類です。一方の【マウンテン】は1970年の「勝利への登攀」から1974年の「雪崩」まで、Live盤なら「異邦の薫り」を外して「暗黒への挑戦」が残念なことに欠です。フォークソングを大音響で演るようなこのてのバンドもあまりありません。Bのフェリックスは1983年に殺害され、Gのレスリーは糖尿病の悪化?、Dのコーキーはどうしている事やら…。
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アメリカ西海岸の雄【イーグルス】のBoxです。1972年の「イーグルス・ファースト」から1979年の「ロング・ラン」までの6作品で1980年の「イーグルス・ライブ」は入っていません。「ライブ盤」はオリジナル作品としてカウントされない傾向があるようです。1976年のBest盤を入れると1972-1979の7作品のうち4作品が全米1位ですから確かにすごいバンドです。そんな連中でもバンド内での不和から潰れて行くんですから難しいものです。
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200902_03
コイツは好きではないのですが【Bruce Springsteen】の7作品のセットです。安いBoxと高いBoxがありこれは安い方のBoxですが聴ければ充分です。ニット帽を被っての歌う初期の様はディランの再来と言われたようですが、《ヴェトナムに黄色い人間を殺しに行った友は死に帰った俺には国(USA)での仕事すらありゃしない》と歌う『Born In The USA』の世界はスタローンのランボー1のパクリですかな?拳を突き上げて歌う日本のファンには寒気さえ覚えます。もっとも《桟橋にオーロラが登っていくよ》とパクッタ甲●バンドもいましたが…。有名になって美人モデルと結婚するも、バンドのコーラスのネェチャンと不倫、お決まりの離婚訴訟の泥沼。笑ってしまうほどワイドショー的な男だということです。
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200902_12
いまとなっては「なんだったんだあのバンドは…」という事になりかねません(苦笑)。ある時は【ハード・ロック】またある時は【プログレ・バンド】と年を重ねるごとのカメレオン状態。イギリス人とアメリカ人が混在するメンバーは実力者ぞろいでデビュー当初(1977)は話題性は抜群でした。それにしてもメンバー交代の激しい事。Wikiみたらバンドはまだ継続中のようでした。このBoxセットには1977年の「栄光の旅立ち」から1991年の「アン。ユージュアル・ヒート」までの7作品入りなので、好きな時代もイマイチな時代も一挙に揃えることができます。
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200902_11
メタル小僧御用達の「ヴァン・ヘイレン」の6枚入りのBoxセットです。中古CD屋で笑ってしまうような金額で売られていました。正直苦手も苦手の”くそメタル”なんですがともかく安かったから(笑)。結果は…正直インチキKissみたいで、これはアキマセン!「ライトハンド奏法」なんて見てくれだけのギミックです。まぁ単純大好きなアメリカ人には人気でしょう。中身は1978年の【炎の導火線】。1979.年の【伝説の爆撃機】。1980年の【暗黒の掟】。1981年【戒厳令】。1982年に【ダイバー・ダウン】。1984年の【1984】です。この邦題は今でも笑えます。

Box setはお買い得?…(11)

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アメリカの稀代の変態バンド『リトル・フィート』の12枚組のBOXセットです。【Rad Gumbo: The Complete Warner Bros. Years 1971-1990】なるタイトルで1971年の「Little Feat」から1990年の「Representing The Mambo」までの11枚のオリジナル盤とアウト・テイク集が1枚オマケです。購入価格は忘れましたが、現在はA社通販では在庫切れになっていました。結成は1969年でザッパ・バンドを馘になったグレート義太夫ならぬローウェル・ジョージとビル・ペインらで結成され、バンドは紆余曲折あるものの現在も存在していようです。ロックともブルースともジャズでもカントリーでもない楽曲は【それでもアメリカン・ミュージック】なのです。嬉しい事にはLive盤のWaiting For Columbusは2枚組のDx盤仕様となっています。現在はFeatの作品を集めるのは容易ではないでしょう。これはお買い得でした。
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200902_15
Pt)上右は1973年7月19日のコロラド州デンバーでのライブ音源でKCUVのFM音源。下左は1978.年7月8日の彼らの初来日公演から中野サンプラザ公演でのFM音源です。出所は日本のFM局からでしょうがFM●●でしょうか?N●Kでしょうか?義太夫氏は予想以上に弾いていますが「コロンバス」の感じとは違います。一応オフィシャル盤のようですが…(苦笑).。もう1点は2020年9月に登場の日本公演初日7月1日の名古屋公会堂でのオーディエンス録音です。CDRレーベルの「Uxbridge」からなので音質が落ちるのか、それとも「売れないだろうから…。」か微妙なところです(笑)。聴いみると40年前の録音ですから過度の期待は酷というものです。
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200830_03
1966年。『ザ・モンキ-ズ』の登場はテレビ番組と楽曲販売を連動させて人気バンドをでっち上げるという「メディア・ミックス」のはしりといってもいいでしょう。ろくに楽器もできない連中が日本も含む世界ツアーをやってしまうのですから大したものでした。とはいうものの楽曲の提供は一流の連中で固めて、デビュー曲「恋の終列車」の印象的なイントロのギターはベンチャーズの故ジェリー・マギーなのは有名なお話です。Pt↑)はRHINOレーベルからの5枚組のBoxです。小ぶりなBoxと紙ジャケの造りはかなりショボイです。彼らの1~5作目までの絶頂期のオリジナル盤で以降は人気は急落していきます。それでも良質なアメリカン・ポップです。
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【ビリー・ジョエル】です。BOX1は「コールド・スプリング・ハーバー」・「ソングス・イン・ジ・アティック」・「グラス・ハウス」・「ナイロン・カーテン」・「ライヴ・イン・U.S.S.R.」の5枚組。 BOX2は「ストリートライフ・セレナーデ」・「ニューヨーク物語」・「ニューヨーク52番街」・「ストーム・フロント」・「ファンタジー&デリュージョン」の5枚組です。大事なことは「ピアノマン」&「ストレンジャー」はありません!。大量にプレスして売れ残ったCDを箱に詰めたという感じなのでしょうかねぇ(苦笑)。

Box setはお買い得?…(10)

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1969年のデビューなので50年を超える歴史を持つバンドです。デビュー当時のバンド名が『The Chicago Transit Authority/シカゴ交通局』や1人を除いた全員が音楽大学の出身だった等の話を知る人も少なくなったでしょう。発表された作品も多くこのRhinoから発売されたVol.1&2のBox Seで20作品が揃います。このBoxの発売当時は日本製の紙ジャケ2枚の価格で初期10枚が揃うという超お買い得でした。
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歴史の長いバンドにならではのロバート・ラム、ジェイムス・パンコウの指向の初期からメンバーの事故死やらの低迷期へてピーター・セテラのAOR路線変更で復活、そしてビル・チャプリンやジェイソン・シェフの時代、そして再度の長い低迷期とバンドは続きます。Box Vol.2では低迷期突入前あたりまでの作品です。決してどうにもならない駄作ってのは少ないのですが、『人気』ばかりはどうにもなりません(苦笑)。
最近はクリスマス・アルバムが多く、さらにブートすれすれのFM放送音源も登場していますが、聴いてワクワクするのはどうしてもBox Vol.2の作品集まででしょう。
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シカゴはアルバムのタイトルが「通し番号」なのと「Chicago」のロゴが有名です。ただライブ盤に関しては必ずしもそうではないようです。『カーネギーホールのライブ』(LP時代は4枚組で超高額)や『ライブ・イン・ジャパン』や『Live In ’75』には通し番号なく、『シカゴ26』はライブ盤でありながら通し番号が付いています。Pt↑)の『ナシュビル・セション』は往年のヒット曲を再録音した作品ですが、インディーズ扱いなのか恐ろしく高額です。

Ventures Live In Japan…(5)

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The Venturesには超々が付くほどのファンがいるので”蛇の道”に立入るとエライ目にあいます(苦笑)。Pt↑)は赤坂日枝神社で撮られた『ベンチャーズ・イン・ジャパン(実況録音盤)』のジャケ写のアウト・テイク(Best盤に採用あり)です。調べると、1)持っているサンバーストのモズライトは65年1月の来日公演で使われています(7月の来日は白のモズライトも)。2)1965年1月の彼らの滞在中に東京で雪の日は6日(朝)と11日(昼)だけでした。1/6は名古屋公演の当日で撮影は不可能なので、この写真は1/10の新宿厚生年金会館でのライブ収録の翌日の1/11に撮影されたと思われます。3)1/11はオフ日とあるので東芝音楽工業を訪問、徒歩圏内の日枝神社で赤坂の芸者さんを呼んで撮ったものと思われます。
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『The Ventures On Stage』はスタジオ録音に歓声とMCを被せた疑似ライブ盤です。アメリカでの発売は1965年6月ですが日本の発売は10年以上遅れます。『ベンチャーズ・イン・ジャパン(実況録音盤)』が1965年7月発売なので競合を避けたのでしょう。東芝から3曲入りのコンパクト盤(Pt↓の黄色ジャケ)でアメリカ・イギリスでのライブという名目で発売されますが、当時はすっかり騙されていました。
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『イン・ジャパン』の裏ジャケの写真でのアンプはフェンダー・ショーマン(?)と思われますが、MCはグヤトーンのアンプ(恐らく45Wのブラック5・GA-95?)と言っています。7月の来日ではPt↑)の黒ジャケのグヤトーンGA-1200(?)となります。ベースのスピーカーがデカイ!。アンプの提供は日本側だったのでしょうねっ。写真で見る限りは足元にエフェクターなし、返しのモニターなしです。サウンドの特徴リバーブ・ユニットすらありません。今の時代なら高校生バンド以下の機材セッティングなんですねぇ(笑)。

Ventures Live In Japan…(4)

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Pt↑)左はベンチャーズの本拠地シアトルでの『ベンチャーズ・ライブ・イン・シアトル・USA』です。ドラムはリオン。Gはノーキーがゲスト参加となっています。当然ながらベンチャーズ歌謡は1曲もありません(苦笑)。それ以上に演奏のテンションがまるっきり違っています。Pt↑)右は恐らくはブートのDVDRと思われますが『Ventures Live In 1984』です。入手についてはまったく記憶がありません。長年に渡るベンチャーズの来日公演でもノーキーとジェリーが共演したことは1984年7月ツアーだけだと思います。ボブ・ボーグルが急病で来日できず、急遽ジェリーがBassとして加わっています。Yesterdayでは二人のアコギでの共演、さすらいのギターと雨の御堂筋ではジェリーがリードGに廻ります。Pt↑)下はこれも珍しの部類でしょうが製作意図が判らないCD+DVDです。1965年からの東芝音源と映像ですが一貫性がまるで判りません。サブ・タイトルこそ「来日40周年記念盤」とあるのですが…。
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ありそうで意外とないのがベンチャーズのブートです。PT↑)はピエロ・マークと¥1000の奴です。ピエロその1)は6枚組で1987.06&10と1989.01のサンタクルーズのライブでGはジェリーです。ジャケが1960年代でそれもノーキーとは馬鹿ですねぇ(苦笑)。ピエロその2)は2018.01の2代目ベンチャーズ。¥1000ブートは1981.05のライブです。日本以外でのライブってのが取り柄といえば取り柄です。
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ついでといってはナンですが、ベンチャーズのCD音源は大きく東芝系とM&Iがありますが、ブートではないのですが数年前に日本でP-Vine Records から『ウルトラ・レア・トラックス/In The Vailts』がなる企画で5集まで出ていました。Pt↑)の帯付きは輸入CDに日本語解説と帯を付けたCDで、帯なしがAmazon通販での価格差が¥1000近いというシロモノです。内容はかなりのレア・トラックらしく、噂ではベンチャーズ側が発売差止め訴訟をしたという話もあります。訴訟天国のアメリカのことなので有りそうな話です。レアというからにはレアなんでしょう(笑)

Ventures Live In Japan…(3)

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1999年はめでたくもVenturesの結成40周年!。1月にはのノーキーGで福岡と大阪で公演が行われます。M&Iカンパニーとの契約がなり往年のヒット曲の再録音盤「V-Gold」が発売され、1月のブルー・ノート大阪でのライブは『V-Gold Live!』として発売されます。同年の6月にはジェリーを擁しての全国ツアーを開始、冬=ノーキー、夏=ジェリーでのツアーが始まります。2000年にはジェリーGでの『The Ventures In Japan-Live 2000』が2枚組CDで発売。久々に29曲 TTL100分に及ぶ大作です。『V-Gold Live Ⅱ』は1月の「冬ツアー」でGはノーキーです。なんだかえらく忙しそうです。認めたくはないのですがノーキーの衰えを感じてしまいます。
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2003年の発売の『Ventures In Japan Live-2002』は2002年夏ツアーでGはジェリー・マギーです。この時代のジェリーの安定感はさすがです。元々演奏スタイルが違う二人を比べるのは無意味ですが、コードからのメロディの崩し方はジェリーと思います。『Ventures Summer & Winter Live!』は2003年9月のジェリーGでの中野サンプラザ、2004年1月のノーキーGでの日比谷公会堂の収録です。1枚のCDに各自10曲とは…。せめて2枚組にできなかったのでしょうか? 療養中のボブ・ボーグルに変わり2006年夏ツアーからボブ・スポルディングの参加が『Ventures Live In Tokyo 2006』です。この時は彼がベンチャーズの名跡を引き継ぐことになるとは思いませんでした(苦笑)。
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2009年1月19日六本木ヒルズのビルボード東京で収録されたのが『ベンチャーズ・50周年記念ライブ』です。結成から50年、来日は57回目!なんというジジイ達でしょう。6月には闘病中のボブ・ボーグルが亡くなります。ベースGでありながらG的なフレーズを弾く珍しい人でした。このじいさん達は翌2010年の春の叙勲で「旭日小綬章」を受賞します。【日本の音楽文化の向上・発展及び日米両国の友好親善に寄与した功績】異存はありません。見落としや勘違いがあるやも知れませんが『Ventures In Japan 2010』の2枚組CDで一段落です。それにしてもブート以外でこれだけライブ盤を出しているバンドはないでしょう!実はとんでもないバンドなのです(笑)。

Ventures Live In Japan…(2)

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『ベンチャーズ・オン・ステージ ’74』は川越市の「川越市民会館」での収録です。1973年の2つのベンチャーズ騒動の翌年はKeyがディブ・カーに変わり女性ボーカルのリーシャ・ケイリーが参加しています。ノーキーはテレキャスター。ボブがフェンダー・プレッシジョン。ドンがジャズ・マスター使用でした。衣装もラフになり長髪スタイルと彼らなりのイメージ・チェンジでした。『ベンチャーズ・オン・ステージ '75』はKeyがジェフ・ビンセントに変わり札幌厚生年金会館ホールと大阪フェスティバル・ホールの2か所からの収録です。ここまでが1992年発売のLive Boxからです。東芝時代の日本公演の一部は紙ジャケ復古されましたが1974,1975年は復刻されていません。『ベンチャーズ・オン・ステージ '76』は1976年9月1日の渋谷公会堂での収録です。この作品は単体のLP(CD)として発売されました。1976年はリーシャとジョネル・カレンダーと二人の女性ボーカルが参加してロック・ショーより歌謡ショー的になってきます。実のところベンチャーズの人気は1965年がピークであとは安定人気時代なのです。ノーキーの神ががった演奏やモズライトGの伝説は1960年代のものです。それでも情報の少ない時代に日本全国のどこでも演奏会に来てくれるグループは貴重な存在でした。
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冷静にみると彼らの日本での人気は1965年をピークとして低空飛行のから下降期へと移ります。1966年ビートルズの来日うやGSの台頭でインストバンドは時代遅れとなり、ガキどもはあの超絶テクすら馬鹿にするようになります。それでもライブ・バンドとしての存在感は圧倒的で地方都市の会場は満員御礼でした。1977年(?)に日本でのレーベルが東芝からキング・レコードに移り来日公演ライブ盤は1977・1978・1990年はLPでの発売はあってもCDでの復刻はかないません。テクノに挑戦した超名盤「カメレオン」時代の『スーパー・ライブ 80』ですら復刻にならないのは残念です。Pt↑)は未CD化のLPです。キャラバン収録のマキシシングルなんてのも発売されていました。
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『ベンチャーズ・ライブ・イン・ジャパン '1990』
は1990年9月9日の「松戸市民会館』での収録です。ここから時代はCDフォーマットになります。追加メンバーなしの4人編成で収録時間が長くなり24曲と大サービスです。ジェリーのサムピック奏法は泣けてくるような音色でギターはフェンダーECモデル、アンプはローランドのJCを使用しています。この作品からCDと映像(ビデオ)が同時発売だったような…。『ライブ・イン・ジャパン '93』は結成35周年記念(1959~1994)と銘打たれたツアーの1993年9月の新宿厚生年金会館でのライブです。人気は低空飛行でも1991年の大晦日にはNHKの『紅白歌合戦』に出演したり、1992年には芦原すなお原作の「青春デンデケデケデケ」の映画も公開されます。ジャケ写で確認するとボブの後ろにはピービーとマーシャルが並び、赤のジャズ・ベー。ジェリーはメイプルネックのストラトとJC120(?)。ドンはJCとピービー(ヘッド不明)でジャズ・マスター使用です。リードGより音がでかいリズム・ギター(!)32音符の全弦刻みをガキども奏れるもんなら奏って見ろ!(笑)。東芝EMIの最後のLive In Japan『ワイルド・アゲイン・コンサート・ライブ '97』は1997年9月7日の新宿厚生年金会館でのコンサートです。1994年の『コンサート・ライブ 94』はレザーディスクのみの発売でCD音源はないようです。1996年の日本公演中にメル・ティラーが体調を崩し8月に肺癌のため亡くなります。元々Venturesはドンとボブの会社で他は契約社員(要は誰でも良い)なのですが、後任にはメルの息子のリオン・ティラーが参加となります。手癖からなにからミッチリと某氏により叩き込まれてオヤジそっくりなドラムデビューとなります。ロックの時代にジャズ系のドラマーなんていませんもんねぇ。

Box setはお買い得?…(9)

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じつはジェフ・ベックはどうにも苦手です。聴かず嫌いという訳ではなく、ストラトの指弾きでなんでこのトーンやフレーズができるのか?どうにも完全にギブ・アップなのです。昔はよかったというと情けないのですがSony MusicからのBoxSetの時代で時計の針は止まっています(笑)。「Jeff Beck Live」辺りからは恐れ入りましたの連続です。この¥2000もしないBoxSetが2種類でCD10枚(!)。しかも音が結構良いのです(笑)。G少年御用達のCDもあるのでお得です。
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20数年前のBox Set創世記に発売された「Beckology」と称する3枚組でヤード・バーズ加入以前からBBAの未発表曲など1990年頃までの音源で構成されます。その後の活動期間の方が長くなりましたが、今のベックならこの手のBest盤の発売は絶対にOKしないでしょう(笑)。箱が箱でフェンダーのツイード・ケーズを模した箱を開けると解説書には当時のジェフ・ベックモデルのストラト。箱の内側には弦で擦れた跡までが再現されています。こうなると処分し難いものがあります。
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このオヤジは最近はコンスタントにライブ盤を発表しています。元々作曲の才能は?ですから活動の場はライブなのでしょう。ジェフ・ベックが苦手なのは、親指弾きでの絶妙なトーン、指板タッチの微妙さ、ストラトのアームの多彩さなど音色へのこだわり、どれをとってもとてもマネできません。つまりは”上手すぎて苦手”なのです(笑)。それにしても唯の気まぐれ屋なのかその手の趣味なのか、Pt↑)ライブのゲストが多彩なのですがどう聞いてもコイツがと思うお方も混じっています。

Box setはお買い得?…(8)

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長い年月ご無沙汰だったネェちゃんと久々に食事をしたら「あれッこいつこんなにつまらん奴だったっけ」というのはよくある話です。ピンクフロイドがまさにそれで、部屋の隅で埃を被っていた「ピンク・フロイドBOX 14作品 ボックスセット 限定盤」を根気よく聞いてみました。「知ってるかピンク・フロイドってビートルズよりすげぇらしいぞ!」情報通(笑)の同級生が「なんでもすげぇ前衛バンドなんだって」それでも興味が湧きませんでした。
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当時とは時代も情報も違い、なにより音楽の感性が大きく違います。その耳で今聞いてみると、シド・バレット期は過大評価です。シドがおかしくなり(60歳まで生きていました)ギルモアが入ってロジャーが主導権をとっての時期、今でもまともに聴けるのは「狂気」と「炎」と「アニマルズ」くらいでオマケが「原子心母、「ザ・ウォール」がロジャーの限界で分れ分裂は正解だったでしょう。ロジャー期のブートは出来不出来が激しくかなりの確率でハズレです。こんな高額のBOXをホイホイ買うのは当時LPが買えず悔しい思いをしてきた今オヤジ達くらいでしょう(笑)。
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1985年ロージャの脱退で例えるならロジャー・フロイドとギルモア・フロイドに分裂します。ロジャーの「フロイドのまねごとをしたニセモノ」と非難しますが結局ギルモア・フロイドに部があったようです。いうならばギルモア・フロイドは壮大なスケールで展開するブルース・バンドで光と映像を駆使した壮大なステージ、何よりギルモアGの絶妙なトーンと多彩なチョーキング。とくにお勧めは1987年頃のギルモア・フロイドのブートはハズレなしです。

Ventures Live In Japan…(1)

信じようと信じまいと1960年代の日本の洋楽の歴史を変えてしまったのは「The Ventures」といっても過言ではないでしょう。彼らの人気が沸騰した1965年から日本独自の「Live In Japan」のCD(LP)が残されています。
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Pt↑) 1965年の日本でのVeturesの人気が沸騰してきた時期のライブ盤です。本国ではローカル・ダンス・バンドに過ぎなかった彼らの日本公演ライブ盤の発売は1995年の事です。この年Venturesは1月と7月に日本公演を行い1月のライブが「おやじベンチャーズ・バンドのバイブル」の『ベンチャーズ・イン・ジャパン(実況録音盤)』です。LPが高額の時代に50万枚以上と売れに売れたそうです。ジャケ裏にはFenderアンプがパイプ椅子に乗った写真ですが、司会者は「グヤトーンのアンプ、イチバ~ン」と言っています。テケテケテケにはリバーブを使っていませんが、グヤトーンの新製品にはついていなかったのでしょうか?返しのモニターはなし、ドラムセットは超シンプル、このセッティングはヤバイです(笑)。
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1965年7月の来日では全国28都市のコンサートで17万人(!)を動員しています。この公演から『All About The Ventures/ベンチャーズのすべて』の2枚組LPとダイジェスト盤の『Ventures In Japan Vol 2』が発売されました。1年に2回の来日&2回のライブ盤製作なのです(!)。この1965年ライブが1995年に外国で発見されUS盤CDとジャケ違いの『コンプリート・ライブ・イン・ジャパン '65』で再発となります。全曲が曲順となりMCのコメントが編集が異っています。もしかすると年7月コンサートはアメリカのスタッフの録音かも知れません。
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ベンチャーズ・ライブ・ボックス 第1集収録の『ベンチャーズ・オン・ステージ・アンコール』は1966年7月から9月までのの5度目の来日公演ですが多くはスタジオ・ライブでしょう。加山雄三の曲や映画化までされた「二人の銀座」が演奏されています。翌1967年7月来日時のライブ盤『ベンチャーズ・アゲイン~北国の青い空』です。使用ギターがモズライトのセミアコ・アベンジャーに変わます。翌1968年の日本公演では大事件が起きました。ノーキー・エドワーズが脱退、Gはジェーリ・マギーに変ります。オルガンのねぇちゃんまでいるのですから驚きの連続でした。新編成でのライブが『ベンチャーズ・イン・トーキョー』です。ジャケ写から判りにくいのですがギターはモズライト・アベンジャーのようです。1969年はアメリカで「ハワイ・ファイブ・オー」が大ヒットで皆勤賞は途切れ、次の来日の1970年の『ライブ!ザ・ベンチャーズ』では楽器がレスポール・へフナー・SGと変りモズライトとの関係は切れます。ドラムがセンター位置になりツーバスになったり1970年のライブでは「京都の恋/歌:渚ゆうこ」が登場し司会者(日本人)と意味不明の会話があります。この気持ちの悪い司会者同行の時代は暫く続きます。そんな時代です(笑)。
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『ベンチャーズ・オン・ステージ ’71』は1971年8月20日の新宿厚生年金会館ホールでの収録です。この年はジェリー・ドン・ボブ・メルと裏ジャケに姿が見えるジョン・ダリル(Key)の5人の編成です。Keyが入って演奏の厚みが広がりが、ゲストの渚ゆう子が「京都の恋~京都慕情」をする変化はみられますが1965時代のイメージが薄まります。『ベンチャーズ・オン・ステージ '72』はLP2枚組で発売されました。ジェリー・マギーが来日できず臨時にノーキー・エドワーズがゲスト参加となり「ノーキーが帰ってきた!」は大層な話題でした。ベンチャーズ歌謡では「雨の御堂筋」の欧陽菲菲がゲスト参加しています。『ベンチャーズ・オン・ステージ '73』は1973年7月の東京郵便貯金ホールでの収録です。メル・ティラーが脱退しドラムがジョー・ダリルに変わっています。この年は脱退したメル・ティラーを中心としたグループ「メル・ティラー&ダイナミックス」が日本ツアーを展開します。Gがなんとジェリー・マギーでKeyのジョン・ダリル、若き日のボブ・スポルティング。なんのこたぁない『ほぼ ベンチャーズ』です。《続く》

Those were the days…(11)

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◆”フロム バンクーバー カナダ! バックマン・タナー・オーバードライブ”のコールから「ハイウェイをぶっ飛ばせ」いやはやキャッチーなリフをかます【B.T.O Japan Tour】です。ガタイのデカサ加減から”カナダの木こり軍団”なんて呼ばれましたが、確かにストラトやリッケンが小さく見えるので大男には違いありません。カナダ出身ながらアメリカ的なバンドでKISSよりポップだと思うのですが(苦笑)。1976年11月4日の武道館ですが同時期の「スティタス・クオー」が中野サンプラザです。この差はなんだったんでしょう(笑)。
◆スージークワトロのライブアルバム【Live and Kickin'】は1977年5月27日/6月12日の中野サンプラザ公演からです。当時は日本とオーストラリアの限定発売。さもありなんです(笑)。ヒット曲がヨーロッパでだったので勘違いされますが、本人はアメリカのデトロイト生まれです。黒のレザースーの小柄な姿でFenderベースは恰好よかったです。今聴いてみると歌も演奏も大したことありません。「お笑いウルトラクイズ」のエンディング曲の『ワイルド・ワン』は覚えています。
◆メタル系は苦手です。ルドルフ・シェンカーが1965年に結成したスコーピオンズはメンバーの交代が激しく誰が誰やら状態です。この1978年4月24・27日の中野サンプラザの公演は【Tokyo Tapes蠍団爆発!スコーピオンズ・ライブ 】とのなんともなタイトルとなっています。日本語で歌われる滝廉太郎の『荒城の月』は意外と味わいがあります(笑)。
◆リトルフィートには「ウェイティング・フォー・コロンブス」という傑作ライブ盤があり評価が難しいのが1978年7月5日からの中野サンプラザでのライブ盤【On The Eastern Front】です。FM放送用の音源ですが83分と長尺です。特筆はコロンバスと同時期でグレート義太夫ならぬローウェル・ジョージが参加していることです。麻薬中毒が進行中で翌1979年にはリトル・フィートを解散、直後に亡くなっています。そういう意味では貴重なライブです。
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◆アメリカ・ルーツ系ミュージックってやつで、ライ・クーダとかデビット・リンドレーなんかの方向です。エイモス・ギャレットの弾くギターの音色は彼独特のトーンでとてもじゃないがマネのできない音です。最初に聴いたのはポール・バターフィールド・ベターディスだったかな?片やのジェフ・マルダーも有名どころで、この二人の1979年3月18日の新宿ロフトでのライブです。なんでもそれ系のファンには貴重盤だそうです。
◆顔でギターを弾くBBとは双璧の「ゲイリー・ムーア」の1983年1月24・25日の厚生年金会館での【Rockin’ Every Night】です。ピンクのストラトのハード・ロック期のものです。ドラムはイアン・ペイスだったんですね(!)。こちらも日本限定の予定がしたが出来の良さに世界展開となったようです。ハード・ブルース期の方が好きなのですがこれはこれです。この日の完全版を復刻してもらいたいものです。
◆前記事にもあったのですが、限りなくブートに近いと思われる「Alive The Liveシリーズ」からのQueenの1985年の
フレディ在籍最後の日本公演【クィーン ライブ・イン・ジャパン1985】代々木体育館でのライブです。当時のNHKで放送されレザーディスクやDVDとして販売された音源です。なんでもQueenは1975年の初来日から50回を超える公演をやっているそうです。映画の影響もありフレディ死しても大人気は大したものです。
◆このジャケ意外と好きです。国旗をこんなことしたら日本では(苦笑)。日本のみで発売された2002年10月24日のシェリル・クロウの【Live at 武道館】です。ヒット曲が続いた登調子のころのライブなので悪い出来ではありません。この発売の頃から所謂「Live In Japan盤」があまり発売されていません。情報の速度が速くなり「日本独自の」の意味が薄れたのかも知れません。ブートCDの出来や内容が飛躍的に進み「Live In Japan」はブートのシフトしていきます。
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大物を忘れていました。1991年12月のジョージ・ハリスンのECのバンドを引き連れての【ライブ・イン・ジャパン】です。1966年の武道館以来の東京ドーム最終日の12月17日。ジョージがステージにいるだけで感激ものでした。ECの弾く”この曲なんだ?”イントロから始まる「サムシング」。ギターはEMG搭載の「ロイ・ブキャナン・ブルース・マスター」。話が長くなりそうです(苦笑)。このライブではECの部分がカットされ音もかなりいじられています。そこはブートの世界で(笑)日本公演の全日程をどれだけ集めたことでしょう(!)。

Those were the days…(10)

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◆CD棚から『Live In Japan』関連のCDを探してきました。最初は1965年1月の新宿厚生年金会館での【ベンチャーズ・イン・ジャパン/実況録音盤】です。日本のロックの歴史を変えた作品と云っても良いでしょう。雪模様の赤坂日枝神社で撮影のジャケ写は彼らの象徴ともなるサンバーストのモズライトです。
◆1966年1月6日の「太陽の彼方」が大ヒットした【アストロノウツ・イン。ジャパン】の東京・文京公会堂での音源です。海のないコロラド州ボルダー出身のグループがサーフ・ミュージックとは?です。ベンチャーズに比べて演奏もアマチュアレベルです。大人気の彼らも日本滞在時の素行が悪くベンチャーズにその座を奪われたそうです。
◆1966年1月13日の大阪サンケイホールでの【ビーチ・ボーイズ・ライブ・イン・ジャパン '66】は当時のNHKでラジオ放送された音源ですがマニア以外にはお勧めできません。6月のBeatlesより先の日本公演でした。ブライアン来日せずBassはブルース・ジョンストンです。この極東ツアーの間にブライアンは一人で『Pet Sound』を製作していたとは…。
◆数年前に「幻の日本公演のテープが発掘」なんて感じで登場した。ピーター・ポール&マリーの1967年1月17日の京都会館での【Live In Japan 1967】す。当時のネェチャン達に絶大な人気がありました。このライブは今聴くと居住まいが悪く気持ち悪く感じてしまいます。当時のコンサートってこんな感じなんでしょうがどこが良かったのか疑問さえ感じます。
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◆スエーデン出身のインスト・バンド【スプートニクス・ライブ!ジャパン 1966 &】の1966年2月の大手町サンケイホールでのライブです。歪系のベンチャーズに対してクリーン・トーンのスプートニクスは日本人うけしました。トロイカのメロディが出てくる『霧のカレリア』は有名曲です。コスチュームが宇宙服もどきだったのもお笑いです。【スプートニクス・イン・トキョウ】はライブ盤ではなく日本的な楽曲ですが『空の終列車』が収録されています。
◆なぜ呼んだのか釈然としない、1971年7月の新宿厚生年金会館での【ショッキング・ブルー・ライブ・イン・ジャパン】です。これも数年前に復刻されたものですが「ヴィーナス」1曲程度の一発屋でレパートリー不足からか「ヴィーナス」を2回演っています。演奏は呆れるくらいお粗末です。
◆同じ1971年2月の大手町産経ホールでのB.B・KINGの初来日のライブ【B.B King・Live In Japan】です。1971年、B.Bは46歳(?)聴きごたえ充分、B.Bのライブ盤でも屈指の作品だと思います。音数の少ないのが特徴のB.Bが結構弾いているのが笑えます。日本製のアンプ(Ace Tone?を)使用したようですが、アメリカ製だろうが日本製だろうがB.Bが弾けばBBのトーンになってしまいます。そうなんだよねぇ(笑)。
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◆1972年6月2日。カーペンターズの日本武道館での【ライブ・イン・ジャパン 1972】です。大阪フェスティバルホールの2年前、前年の世界歌謡祭参加で初来日に次いで2回目の来日公演です。NHKでの放送音源でTVショーのレーベルからの発売です。音源自体はブート+程度なので当時に思い入れのある方以外には勧められません。
◆1972年7月22日の後楽園球場でのエマーソン・レイク&パーマーの【ライブ・イン・ジャパン 1972】です。これもラジオ・ショーレーベルからで当日のTVで放送音源で数年前に出回ったブートと同内容です。ムソルグスキーの「展覧会の絵」が楽しみでした。どうにもELPとかYESってのは苦手でこの系列のコンサートには一度も行ったことはありません。
◆鮮明に覚えているコンサートが1973年11月8日のリオン・ラッセルの武道館公演【ライブ・イン・ジャパン 1973】です。20名近いバンドをコントロールする姿やアンコールでグランド・ピアノの上で長髪を振り乱してレスポールを弾く姿(!)唖然としてみていました。同時期にロングビーチの3枚組ライブがあったので武道館はダイジェストですがCD化ではヒューストン1971のライブが追加されています。
◆いまは開催終了となりましたが東京は日比谷の野外音楽堂で「ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバル」というイベントが開催されていました。それ以前の1975年3月芝の郵便貯金ホールでの【ジュニア・ウェルズとバディ・ガイ】のジョイントライブです。当初徳間ジャパンのバーボンレーベルからLPで登場、後にCD化されたものです。これ宝物です! 何時の年だったか大雨の日比谷野音フェスで近藤房之介がチビまる子ちゃんのヒットで『これでご飯が食べられるようになりました!』と絶叫したのを今でも覚えています。ブルース・コンサートなんてそんなモンでした。
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◆長年の活動期間で数多いPurpleのライブでも最低・最悪なのは【ラスト・コンサート・イン・ジャパン(紫の燃焼)】・1975年12月5日の武道館ライブといわれ、Purple側も「出すんじゃなかった」と後悔したようです。Gのトミー・ボーリンは全く弾けておらず、カバデイル&グレン・ヒューズは、実に適当、頑張っているのはジョン・ロードとイアン・ペイスという金返せ状態!です。この音源に後年7曲を加えてのデジタル・リミックスの2枚組【This Time Around Live In Tokyo】で再発されると同じテープからかと思うほど改善(別モノ)されています。という事は当時のワーナーのエンジニア(日本人?)がど下手なだけだったという事でしょう。Gのトミー・ボーリンは若くして死んでいますが、日本のファンには下手くそGと思われています。当時このリミックス盤内容で発表されていたら評価は違っていたことでしょう。

Those were the days…(9)

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東京近郊というものの田舎町の住民には外タレ公演へ簡単に出かける機会はそうありませんでした。コレクションを探してみると『Live In Japan』なる作品って思いの外ありました。半年から1年後の発売といった感じでしたが、コンサートの後追い体験としては楽しめたものです。新興レーベルだったCBS/SONYからはChicago、BBA、Mountain、SantanaのLive盤が次々と発表され、他社からも名盤評価やキワモノ的な作品も思いの外あったようです。
◆1978年2月28日&3月1日の武道館での『ボブ・ディラン』タイトルも【武道館】は、ディランの初来日のライブです。正直ディランは苦手です。ディランに影響を受けたなんてほざく輩たちに英語圏の人間でも難解な歌詞内容が日本人に理解できるとは思えません。この公演での曲のアレンジは著しく、馬鹿かこいつは思ってものです(苦笑)。
1978年10月の【チープトリック At 武道館】一部は大阪厚生年金会館ですがチートリ初来日の模様です。世界的人気でもないポット出バンドが福岡・名古屋・大阪・静岡・東京と全国ツアーとは今でもよく判りません。この日本限定のライブ盤は売れに売れ世界人気に広がります。まぁ単に運だけはよい連中だったのでしょう。
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◆1974年6月の【カーペンタース・ライブ・イン・ジャパン】は大阪フェスティバルホールでのライブ盤です。所属のA&Mレコードの稼ぎ頭でカレンの日本語歌やガキのコーラス隊などあざとい演出が見られます。カレンの歌は上手いし兄貴の才能も大したものですが次第に方向性を見失い、結果として悲劇的な結末になってしまいました。
1977年6月の【ロイ・ブキャナン・ライブ・イン・ジャパン】郵便貯金会館でのライブです。ブキャナンの日本限定ライブなんて信じられません。LP、カセット、ショボイ音のUA盤を保有していましたが、紙ジャケも即購入しました。
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◆世界中のファンが血眼になって探したスティタス・クオーの【ステイタス・クオー・ライブ・イン・ジャパン】サブタイトルが『Tokyo Quo 烈火のハード・ブギー』です(笑)。1976年の11月17日中野サンプラザのライブですが、11月4日にはバックマン・タナーが武道館でやっています。イギリスでの国民的バンドが中野サンプラザとは面白い時代です(笑)。これでもかのブギ一一辺倒の潔さ!このライブ盤はクオーの歴史では初めてのライブ盤の事もあり注目を集めました。
◆ウィシュボーン・アッシュの1978年11月10、15日の厚生年金会館の【ライブ・イン・トーキョー】です。ツインリード・ギターが売り物でオリジナルメンバーでの来日でした。Allmansとは異なるツインGですが音楽センスは抜群でした。『Live Dates』という超名ライブがあり本作は地味な印象は否めませんが海外での人気は高いようです。
◆出ました。1974年の新宿厚生年金会館/渋谷公会堂での【ランナウェイズ・ライブ・イン・ジャパン】です。まぁキワモノの一発屋ですねっ。金髪のねぇちゃんが下着姿で大股開きで歌うのが話題だったくらいですから(笑)。今聴いてみると文化祭なみの演奏ですが、メンバーのジョーン・ジェットとリタ・フォードは後年そこそこの活躍をします。この時点では全員が「未成年」だったと思います。
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